カルデアの夜は長い。
否、正しく言うのなら、長い夜もある、というところだろう。
雪に閉ざされた極地に置いては、何日も陽が昇らぬ日々が続くことがあるのだ。
その逆に、白夜と呼ばれる陽が地平をころころと転がり続けて沈まぬ期間もあるというのだから、地球は広い。
今日は、極夜の方だった。
だから、夜が終わらない。
「以蔵さん、そろそろ朝だってえ」
「何を言いゆうがか、外を見てみい、こんべこ、まだ暗いじゃろうが、やき、夜じゃ夜」
「えええそがな乱暴な……」
「陽が昇るまでは夜じゃ」
ふんすと息を吐いて、以蔵が強く言い切る。
その言葉に苦笑しながら、おまんも飲めや、と新たに注がれた酒を啜るべく龍馬はちょいと杯を持ち上げる。
表面張力の限界に挑むように注がれた酒をこぼさぬように、ず、と一息に啜って中身を軽くして、一息。
ほう、と吐き出す自分の息からも濃い酒気が漂っているのがよくわかる。
昨夜から、これでもかというほどにしこたま飲んでいるのだ。
そりゃあ酒臭くもなるだろう。
今飛び跳ねたのなら、胃の腑でちゃぽちゃぽと酒の揺れる音が響くに違いない。
まあ、もちろんそんなことをしたら吐くに決まっているので実行するつもりはないが。
「以蔵さぁん」
「なんじゃあ」
「ねむぅい」
「はっ」
鼻で笑う声がする。
小ばかにするようなのに、それでいてどこか暖かい。
昔大好きだった声だ。
意地悪を言いながらも、この声の主はいつだって龍馬の手を引いてくれた。
「たったこればあで酔うなんぞ軟弱じゃのお!」
勝ち誇ったようにふひひ、と笑う男も、まあ一升瓶に縋りつくようにしてなんとか身体を起こしているというような醜態を晒していたりすることにはつっこまないでおいてあげよう。
そう思うだけのやさしさを坂本龍馬という男は持ち合わせている。
例えべろべろに酔っぱらっていたとしてもだ。
「以蔵さんももう寝ぇ」
腕を伸ばして、いやじゃいやじゃもっと飲むんじゃと駄々をこねる昔馴染みの手首をとらえる。程よく酒精が回っているのか、捕まえた手首から伝わる体温はぽっぽと火照っていつも以上に暖かだ。
ずりずりと力づくで引き寄せて、懐に抱きよせてしまう。
ぷんぷんと香る酒の匂いに混じって、ふわふわとした癖ッ毛からは陽の匂いがするような気がした。
「離さんか、このようたんぼッ」
じったじったと腕の中で暴れる男の腰のあたりをがっちりと捕まえて、「以蔵さん」と低く酒に焼けて常よりも掠れた低い声音でその名を呼ぶ。
どこか真剣ないろを乗せたその声に、なんじゃあ、と怯んだように視線を持ち上げる古なじみの額に、子どもを寝かしつけるときにするような柔い口づけを落として、龍馬はほろりと言葉を続けた。
「今押すと吐くから」
「!?」
ぎょっとしたように以蔵の動きが止まる。
「やき、以蔵さんもえいこやき、もう寝ぇ」
えいこえいこ、とがっちりと捕獲したのとは逆の手でその背を撫でてやる。
吐かれてはたまったものではないとおとなしくなった男をあやしつつ、龍馬はもぞもぞと寝るための体勢を整える。
固い床の上の雑魚寝は多少しんどいが、今更ベッドに這い上がるだけの気力はとうに酒に蕩かされてしまった。
「まだ、夜じゃのに」
「夜だから寝ようね」
子どもの駄々のようにぽしょぽしょと不満を漏らす男の背を、とんとんぽんぽんと撫で続ける。そうしているうちに、懐のうちがますますぽかぽかと暖かくなってきた。眠いのだ。以蔵だって、酒盛りを始める前には真面目にマスターについて出撃していたはずなのだから、それなりに疲労はたまっているのだ。
「あのねえ、以蔵さん」
「なんじゃあ……」
返事はだいぶ眠たげだった。
「夜は、まだ続くよ」
極夜は始まったばかり。
場合によってはひと月以上も続くというのだから、夜はまだまだ終わらない。
