付の作品はR18要素を含みます。

長編

死して先に実るものの名を、

三度目の正直、もしくは改めてのハッピーエンド

三世の先の幸福余暇

みなみのしまできみと

On your Mark

Twitterツリーまとめ

短編

  • 狭くてぬるい世界に二人だけ

     岡田以蔵には、記憶がある。 それは今生に生まれるより前の、いわゆる前世、と呼ばれるような類いの記憶だ。 ただそれが少しだけ巷で見かける類いの「前世」と異なるのは、今回が「三度目」に当たるということだ。 一度目の岡田以蔵は、幕末に暗躍した人…

  • 坂本探偵事務所奇譚

     それは夏休みに入る少し前のこと。 小学校に上がって四回目の夏を迎える音無勇樹は、いつものようにランドセルを背負って通学路を歩いていた。 あといくつか数えれば夏休み、というこの時期、自然と周囲の空気はそわそわと浮ついたものになる。 そんな中…

  • 以蔵さんの夢の話。

     その日は空があんまりにも蒼かったもので、龍馬は何か厭な予感がしたものだ。 悪いことが起きる日というものは、いつだって空がやけに綺麗だ。「龍馬、何をぼーっとしちゅう」「ああ、以蔵さんか」 背後からかけられた声に、龍馬が振り返るより先に声の主…

  • 龍馬さんが怖い目にあう話。

     それは、重苦しい曇り空の日のことだった。 雲がある分過ごしやすいかとも思ったのだが――…そんなささやかな期待は見事に裏切られ、じっとりとした蒸し暑さが空気を火照らせている。 着ているシャツが素肌にまとわりつくような不快感に、龍馬は眉を寄せ…

  • わりことしぃ 

    「――……少しだけ、少しだけ」 龍馬は自分にいいわけをするようにつぶやきながら、よたりとソファへと足を向けた。 本当なら、そろそろ自室に戻って寝た方がいいのはわかっている。 ここしばらく探偵としての仕事が珍しく立て込んでおり、ちょっとばかり…

  • ばいおれんすせっすす 

      それは取引の帰りのことだ。 荒くれものが多く集う港の近くのバーにて商談を終わらせた男、坂本龍馬は雑然とした―――それでいて全体的な雰囲気は酷く調和がとれている――――バーの人混みをかき分けるようにして出口へと向かう。 いかにも肉体労働に…

  • やりなおしの春が往く

     それは新年があけてからしばらく経ってのことだった。 雀の宿で起きた騒動を解決し、マスターが意気揚々と彷徨海のベースに戻ってきたのが一週間ほど前のこと。 それからは特に新しい特異点が見つかることもなければ、新たな異聞帯に踏み込む支度も整って…

  • 魔力供給

     ぜい、ぜい、と荒い呼吸が酷く耳障りだった。 以蔵はぐったりと木陰に身を横たえて、呼吸を整える。 古代バビロニアの、魔力と濃い緑の香りが溶け合った大気に鉄錆めいた血の匂いが広がっていく。 獣に喰い破られた腹のあたりがぐっしょりと血に濡れて気…

  • 蝉時雨

     じいわ、じいわと蝉が啼いている。 うだるような暑さの中を、以蔵はてくてくと歩いていた。 人ならぬ身とはいえ、生前の記憶を反映しているのはどうにも熱気が身に染みて額からはふつふつと汗が浮く。 それでも身に纏う装束を変えなかったのは、それが気…

  • 南国より幸いを君へ

      カルデアに、夏休みが実装された。 どういうことかと思うだろう。 初めてそれを聞かされた折には、龍馬と以蔵も顔を見合わせたものだ。 お竜だけが暢気にふわふわといつものように龍馬の肩のあたりを漂っていた。 つまりは、こうだ。 ある種のストラ…

  • 明けぬ夜の先

     そのひとが家を出るのはいつだって夜だった。 幼い妹が寝付くまでは傍にいてやり、彼女がすややかに寝入った頃に静かに身支度を整えてローマを呼びに来る。「わしは帰れんかもしれんきに」 それが彼の口癖だった。 かつての故郷の闇に沈む装束に身を包み…

 

SS

  • ヒトガタカタパルト

     遠くで星のようにちかりと何かが瞬いた。 それが遥か遠くより、マスターを狙い撃つ呪詛が放たれた残滓であると理解した時にはもう龍馬の体は動いていた。「マスター!」 何が起きたのかわかっていないように瞬く子どもの前に身を躍らせ、肩を抱いて引き寄…

  • ヒトガタカタパルトのその後

     以蔵をぶん投げた後は振り返りもせずにすっ飛んできたお竜は、べろんべろんと龍馬の傷を舐めたくって癒やす。 純粋に怪我を癒やすというだけでなく、同時に解呪もしてくれているのか、霊基の軋むような不快感が少しずつ薄れていくのに龍馬はほうと息を吐い…

  • 薙刀

    「ほいじゃあ、やろうか」「おん」 二人はそう言葉を交わして対面にす、と腰を落とす。 日頃は白の海軍服に身を包む龍馬も、今は袴姿だ。 互いに構えるのは木製の薙刀と竹刀。 あくまで模擬戦、本気で命をやりあうつもりはない。 静かにその場に腰を落と…

  • 以蔵さんに告白したら霊基異常を疑われている龍馬さんの話

    「のう、マスター」 それはある日のことだった。 食堂にて遅めの昼食を食べているところで、ひどく神妙な声と顔で呼びかけられてマスターははた、と居住まいを正した。 向かう先にいるのは、和服の上からインパネスコートを着込んだ男だ。 岡田以蔵。 日…

  • 以蔵さんに告白したら霊基異常を疑われている龍馬さんの話2

     一度失ったものを取り戻すというのはとても難しい。 それが取り返しのつかぬものであるのならばなおさらだ。 むしろ、二度と取り戻せぬからこそ、『取返しのつかない』などという表現になるのである。 龍馬にとって、そんな『取返しのつかない』過去の取…

  • 夏の夜

     はたり、と扇が揺れる。 窓の外には今も白く吹雪が荒れているはずなのに、その男の周囲だけが夏の夜の空気を香らせていた。 水浅葱の着流しを粋に着こなし、帯には紺鉄と海松藍とが半々に熔けている。 表面に白々と波立つような青海波が涼しげだ。 きっ…

  • 煙管

     刻み煙草をひとつまみ。 指先で軽く丸めて、火皿に詰める。 しゅ、とマッチを擦る。 ちりと燐の燃える香りが鼻をつく。 あまり良い香りとは言えないが、以蔵はこの匂いも嫌いではない。 今から煙管を吸うのだ、という気持ちを高めてくれる。 花火の会…

  • 面食い

     ばり。 ぼりり。 静かな部屋にせんべいをかじる音が響く。 普段は多くの英霊を導くマスターとして気をはり、しゃんと伸ばされている背中も今だけはだらりと緩やかに丸くなっている。「ねえ、以蔵さん」「何じゃ」「以蔵さんって、面食いじゃん?」「――…

  • ひどく熱烈な、

    坂本龍馬は岡田以蔵に憎まれていなければいけない。 岡田以蔵の霊基を成立させるのは、坂本龍馬への憎しみであり、坂本龍馬という男の魂の深くにまで食い込んだ悔恨と未練だ。 その三つが『岡田以蔵』というサーヴァントの霊基の土台となっている。 その最…

  • 文字だけベッドイン

     それはある種の霊基の異常だった。「――—」 きっ、といつも以上に固く口をへの字に結んでいるのは人斬りの男だ。 むすりとそんな口元を襟巻の中に埋めるようにして、黙りこくっている。 無骨な佇まいとは裏腹に、岡田以蔵というのは意外と口数の多い男…

  • 冬のカップル龍以

     それは、龍馬と以蔵が現在にレイシフトしてから迎えた冬のある日のことだ。 その日も龍馬は一日朝から調査の為に出歩いており、帰路についたのはそろそろ空が燃えるように赤く染まり始めた頃になってからの事だった。 日が暮れ始めると、がくんと気温も下…

  • 捕らえる手

     厭な静けさが耳を打った。 それはレイシフト先での戦闘の最中のことだった。 本日も絶好調に、ライダークラスを斬り捨てて回っていた古なじみの男が突如ぴたりと動きを止めたのだ。 高笑いと剣劇の音が止み、急な静けさが違和感と結びつく。 見れば、腰…

  • マム・ダム―ル

     カルデアの夜は長い。 否、正しく言うのなら、長い夜もある、というところだろう。 雪に閉ざされた極地に置いては、何日も陽が昇らぬ日々が続くことがあるのだ。 その逆に、白夜と呼ばれる陽が地平をころころと転がり続けて沈まぬ期間もあるというのだか…

  • いとしのこえ

     お竜は、いつも龍馬の肩口にぷぅかりと浮いている。 ふよふよと漂い、顔の位置を揃えて、たまに甘えるように龍馬の肩に頭を乗せる。 そんな時、龍馬は軽く手を上げて、長く垂れる艶やかな黒髪を撫でてくれたりもするのだけれども。「リョーマ」「うん? …

  • クリスマス斬首

     龍馬には、なんとしてでも眠って貰わねばならない。 何故なら、以蔵には本日サンタクロースになるという大事な役目があるからだ。 サンタクロースというのは、人目についてはならぬものであるらしい。 誰にも見つからずに速やかに家屋に侵入し、目的を遂…

  • どんどん好きになる

     それは、ある日の午後のことだった。 その日は週に何度か設けられているマスターのための休息日で、そういった日はよほどの緊急の案件が舞い込まない限りはレイシフトは行われない。 よって、カルデア全体にどことなくまったりとした間延びした空気が流れ…

  • はつこい、わかるまで

     それは、ある夜のことだった。 普段散々世話になっているんだから運んでやりなよと散々はやし立てられて、以蔵は仕方なく古馴染みの男をずりずりと引きずって歩いていた。 最初はその嫌味なほどに長い足を持って引きずり始めたのだが、ぎょっとしたマスタ…

  • いづるかたな

    「龍馬、ちっくとつきあえ」 それはある日のことだった。 レイシフトを終え、夕食を終え、お竜はカルデア長めの生き物の会なるよくわからない会合へと出かけていった後のことだ。 どうやら蛇やら竜やら、とりあえず長めの生き物に所以のある者だけが参加す…

  • お花見

     カルデアは、静かで賑やかだ。 音のすべてを飲み込むような雪に囲まれ、どこもかしこも外の雪と同じ色をしてひやりと冷たい壁と床に囲まれて、どこまでも無機質に静かであると同時に、無数の人や英霊たちの鮮やかな人柄を内包して賑やかな喧噪に満ちている…

  • バレンタイン

     この気持ちに何と名前をつけようか。 最近以蔵は、そんなことばかり考えている。 最初は友愛だった。 友としてその男のことを慕っていた。 次は憤怒だった。 友だったはずなのに自分を置いて故郷を出ていった男のことが憎たらしくて、以蔵が助けて欲し…

  • みらいのぼくへ

     以蔵には、不思議に思うことがある。 己の古馴染みである男のことだ。「以蔵さぁん、今日はな、ドレイク船長からこの世で一等美味いちいう酒ばあ貰ったがよ、一緒に呑まんかえ?」 にこにこと嬉しそうに、以蔵から言わせればちっとも締まりのない顔をして…

  • たぐってつなぐ

     それは、瞬きの間に起きたことだった。 斬り捨てたエネミーの脇を擦り抜けた先に、まるで魔法のように突如また別のエネミーが現れたのだ。 否、魔法でもなんでもない。 単なる以蔵の手落ちだ。 大型のエネミーの気配に溶け込むようにしてその背後に潜ん…

  • 窓のない部屋

     どうにも、窓がない部屋は良くないと以蔵は思っている。 酒を呑むのは楽しい。 わあわあ騒いで、ついでに賭け事の一つや二つも出来ればなお楽しい。 だが、外の様子が見えないのは、なんとはなしに息が詰まる。 もとより以蔵の生きていた頃の『家』とい…

  • この世の春

    「あ~……」「おっさんみたいな声出しなや」「しょうがないよ、僕もうおっさんだもの……」「……………………」 隣から向けられる「うへえ」とでも言いたげな眼差しには気づかぬふりで、龍馬はざぶざぶと両手に掬った温泉の湯で顔を洗う。 肉体的にはまだ…

  • 紐でつないでおけ

    「………………」「お竜さん、どうかした?」「……何か、喉にひっかかっているような気がする」「えええ、さっきの戦闘でかな」 レイシフトを終えて戻ってきたカルデアの食堂にて、龍馬の傍らに浮いたお竜がもにもにと口元を動かす。 んくんく、と喉が鳴る…

  • 海のいろ

     ざざん、ざざん、と波の音がする。 ざざん、ざざん、と打ち寄せて、さぁああああっと引いていく波の奔流に弄ばれて小さな貝が細かく砕けた砂が擦り合う音が微かに響く。 龍馬は、ぼんやりとそんな音を聞きながら海を眺めていた。 酷く澄んだ海だった。 …

  • あなたを言祝ぐやさしい言葉

     岡田以蔵が生きていた時代には、誕生日という概念はなかった。 年が明ければ皆当たり前のように一つ年をとり、生きている限り皆平等に年をとる。 よほど信心深くなければ日々昇る日にいちいち感謝するものがいないように、それは以蔵たちにとってはあんま…

  • 強欲な男

     さあさあと波の音がする。 空から注ぐ光は真白で、同じ色をした砂がさらさらと足元には広がっている。 空も台地もあまりにも白くて、目が眩んでしまいそうだ。 そんな最果ての海辺で、男が二人向かい合っていた。 もはや時の流れすら超えて。 どこでも…

  • あやかし退治

    「おうおう、悪いもんがこじゃんとたまりよって」 最近自殺者が多発しているという廃ビルの手前、長く癖のある黒髪を無造作に肩に流した男が言う。 灰のシャツに、黒のベストにスラックス。 日に焼けた肌と合いまり全体的に色味の暗い、闇に溶け込みそうな…

  • 嫉妬1

     それは、偶然だった。 ふと坂本探偵事務所とは関係ない筋からの頼まれごとで出かけた先にて、以蔵は自らの雇い主剣が雇い主兼愛人以上恋人未満たる男がデレデレと女を口説いている現場に出くわしてぱちりとヒトツ瞬いた。「ほお」 思わず低い声音が零れ落…

  • 嫉妬2

    「なんだ、お竜さんの留守中に強盗にでも入られたのか」 翌日の朝、事務所にやってくるなりそんなコメントを漏らしたお竜に、部屋を荒らした張本人である龍馬ははは、と小さく苦笑をしながらそっと目をそらした。 つい、我慢がきかなかったのだ。 惚れて惚…

  • 今世はもう、

     以蔵には、幼馴染みがいた。 名を、竜崎■■■という。 その方が強くてかっこいいから、という理由で「お竜」と呼ぶことを周囲に強制する変わり者ではあったが、以蔵にとっては気の置けない親友でもあった。 以蔵とお竜は家が近所であったということもあ…

  • 雨の日

    ざあ。ざあ。ざあ。 ざあ。ざあ。ざあ。ざあ。ざあ。ざあ。ざあ。 雨の音がする。「なかなか止まんのう」 以蔵は軒下より差し出した掌で大粒の雨を受け止めて、げんなりとした調子で呻いた。 隣で同じく雨宿りしていた子どもが「うん」と小さく頷く。 週…

  • 肉を喰らう

     それはある日のことだ。 一緒にご飯に行こう、と誘われて以蔵が龍馬につれていかれたのは、立ち食いでステーキが楽しめるという店だった。 開幕いきなりステーキが食べられるという最近巷で流行り始めた店である。「僕はリブロースステーキを400gで」…

  • 朝ごはん

     坂本龍馬と岡田以上が同居以上同棲未満の生活を始めてしばらくが過ぎた。 最初は何か特別だった二人暮らしが、しっくりとハマった日常に変わってからしばらく。 二人の朝は、大抵穏やかに賑やかだ。「龍馬、朝やぞ!しゃんしゃん起きぃ!」「……、ぁと、…

  • 失恋

    「にゃあ」「おん?」 それは暑い夏の日のことだった。 放課後の教室、窓辺では日に焼けて白んだカーテンが風に吹かれてひらひらと泳ぐように揺れていた。 本を読みつつ、課題をこなす幼馴染みを待っていた龍馬はかけられた声に視線を擡げる。 課題に取り…

  • 深夜ラーメン

     それは、とある日の深夜の事だった。 撮影の近くなった仕事の為に、台本を読み込んでいた龍馬はぐうと腹が鳴る音に視線を伏せる。 別段目で見てわかるほど凹んでいる、というわけはないのだけれども、つい目視で確認してしまう。 なんとなく、へこんだ気…

  • おにぎりたべたい

    「以蔵さぁん……」 へろへろと帰宅して、坂本龍馬は情けない声音で呻いた。 いつもなら龍馬は仕事が終わったらまっすぐに帰宅する。 何故ならば押して押して押して押して押しまくってようやく手に入れた恋人が自宅で夕飯を作って待ってくれているからだ。…

  • プール掃除

     むんわりとなんとも言いがたい生臭い匂いが立ちこめている。 厭になるほどカンカンと照る太陽の下、以蔵はげんなりとため息をついた。 日頃の行いがそれほど良くないことが祟ってか、帰りがけに体育教師に捕まり、プール掃除を言い渡されたのだ。 プール…

  • 幸福の朝

     坂本龍馬の朝は、トントントントン、と気持ちの良いリズムで始まる。 ふわりと鼻先を掠める出汁の香りにふすんと小さく鼻を鳴らして、満ち足りた気持ちでまた布団の中に鼻先を埋める。 この二度寝をキメる瞬間が、龍馬にとっては最高に幸福な瞬間だ。 も…