以蔵には、幼馴染みがいた。
名を、竜崎■■■という。
その方が強くてかっこいいから、という理由で「お竜」と呼ぶことを周囲に強制する変わり者ではあったが、以蔵にとっては気の置けない親友でもあった。
以蔵とお竜は家が近所であったということもあって、よくつるんでいた。
その年頃の少女が好むようなことにはほとんど興味を示さなかったお竜は、いつだって以蔵のあとをついてまわり、以蔵やその友達といった男の子たちとばかり遊んでいた。
サッカーも、野球も、何だってお竜はその辺の男の子より上手にやってのけた。
他の女の子なら悲鳴をあげて逃げ惑うような虫を目の前にしても、平気で捕まえて
「でかいのを採ったぞ!」と目をきらきらさせて以蔵に自慢してみせた。
以蔵は、そんな幼馴染みがすきだった。
恋愛感情ではなかった、と思う。
一人の親友として、すきだった。
その人柄を好ましいと思っていた。
ころころと犬の仔のようにじゃれあって過ごす時間は愉しかった。
そんな小学生時代を過ごして、中学に進学擦るとき、家の外で「遅いぞ」と軽く唇をとがらせ待っていた制服姿の幼馴染みは酷くまぶしく見えたものだった。
すらりと、もしかしたら以蔵よりも高いかもしれない細身の身体を真新しい制服に包んで、長い黒髪が春の風にゆらゆらと揺れていた。
私服ではズボンの多かった彼女が制服とはいえスカートを着ていることになんとなく動揺し、ああもう子どもではなくなったのだなあ、となんとなく思った。
それは彼女の方も同じだったらしく、お竜もまた以蔵の制服姿にまぶしげに双眸を細めた。
「馬子にも衣装というやつだな」
「その台詞はそっくりそのまま返しちゃる」
そんな憎まれ口をたたき合って、お互いに笑い合う。
まだ何も入っていないこれまた真新しい鞄をぶら下げて、二人で新しい通学路を歩く。
どんな部活に入ろうか。
中学校の校区はこれまでの小学校とは変わってくるから、新しく知り合う者も増える。
おまんは見目は良いんじゃから少しは女らしゅうしたらどうじゃ、なんて以蔵が言えば、お竜はお竜で、「以蔵こそ顔は可愛いんだからもうちょっと愛想良くしたらモテると思うぞ」なんて言い返してきた。
そうして新しく始まる学校生活への期待に胸を膨らませて校門をくぐりかけたとき。
「やあ、おはよう」
柔らかな声音が、耳を打った。
その瞬間、全身に走り抜けた衝撃をなんといったら良かったのだろう。
背筋に雷でも落ちたかのようだった。
一つ、二つほど年上だろうか。
その少年は着慣れた様子で以蔵と同じ学ランを身につけ、垂れ目がちの双眸ににこにこと愛想の良い笑みを浮かべ、新入生たちを体育館へと誘導していた。
名札がついているわけではない。
けれど、以蔵にはその少年の名前がわかった。
龍馬だ。
坂本龍馬だ。
間違いない。
こんなところにいたのか、だとか。
こんなところで出逢ってしまうなんて、だとか。
いろんな感慨がまずは胸に湧いた。
それから、嗚呼、と小さく息を吐く。
まるで当たり前のように、以蔵にはその瞬間膨大な記憶がよみがえっていた。
過去の、岡田以蔵という名の人斬りだったころの記憶。
サーヴァントとして駆け抜けた世界を守るための聖戦のこと。
そのすべてが、以蔵の中には当たり前のようにストンと落ちた。
隣を、見る。
お竜は呆然と目を瞠っていた。
本人はきっと無自覚だろう。
潤んだその目元から、ぽろりと涙が零れる。
その瞬間以蔵にはわかってしまった。
隣にいた幼馴染みはもういなくなってしまったのだ、と。
今以蔵の隣にいるのは、人間の肉体に閉じ込められたかつて坂本龍馬という男を愛し、その生涯を最期まで見届け、その後は宝具として付き従ったまつろわぬ神の一柱だ。
きっと彼女は今までのように「以蔵」と呼ぶことはないだろう。
もうきっと、彼女と野球をしたりサッカーをしたりすることはない。
どんな部活に入るか、だとか宿題の話をすることもきっとない。
竜崎■■■はもういない。
今ここにいるのは、お竜だ。
「リョーマ!!!」
歓喜の声をあげて駆けだしていく少女の背を、以蔵はいなくなってしまった誰かを悼むようなまなざしで見送る。
わあ、と歓声が遠くで揺れる。
「イゾー!」とはしゃいだ声が以蔵を呼ぶ。
はらはらと桜の舞い散る春の青空の下で、以蔵は再会したかつての幼馴染みに大事な今世の幼馴染みをころされた。
