1 魔の転送石とおっさん

 その日は、俺、遠野秋良(とおのあきら)にとって特別な日になった。
 
 ほぼサービス開始当初からプレイしていたMMO、レトロ・ファンタジア・クロニクル――略称RFC――の最新かつ最深MAP踏破へと手をかけたのだ。
 
 今この瞬間、RFC内の攻略最先端に自分がいるのかと思うと、マウスを握る手にも力が入るというものだ。
世にはVRMMOなどという仮想現実にダイブしてプレイするタイプのMMOを題材にしたファンタジー小説が多くあるが、今のところその技術はまだ実現していない。

 視界だけ、ならばある程度実現できているゲームも一部あるようなのだが、五感や、脳の神経系統への命令をアバターに反映させて動かすレベルとなると、まだまだその技術は実用されるには至っていない。
 
 なので俺が今プレイしているRFCも、至って普通のネットゲームだ。
 PCの前に座って、画面を見ながらキーボードやマウスを使ってキャラクターを操作する。
 
 そして……、今その画面には洞窟内の少し開けた空間にて、二人の男性キャラクターがモンスターと戦う様子が表示されていた。
 
 一人はロングソードをふるういかにも騎士といった態のキャラクター。
 こちらが俺のキャラである。
 見た目通りの前衛型の騎士だ。
 
 そしてそんな俺のキャラより一歩ほど後ろで、獣を指揮して戦うダークエルフの男性キャラの名は、イサト。
 
 通称おっさん、である。
 見た目はたいそう美麗なダークエルフの青年ながら、発言が老成しきったおっさんめいているため、ついたあだ名がそれだ。
 本人もそれを否定しないので、そのまま定着してしまった。

 

————————————————————
イサト:あ、やばい。しぬ。
————————————————————

 

 ぴこん、とログに新たな発言が追加された。

「ちょ、ま……っ!?」

 確認すると同時に思わず呻く。
 
 ちらりと画面の左隅に表示されるパーティーメンバー欄でおっさんのHPを見たところ、それはすでに鮮やかなスカーレット。
 
 残りHPがかなりまずいところまで減少している証拠だ。
この辺りのモンスターを相手にした場合、後一発でもくらったらおっさんは死ぬ。

 

————————————————————
アキ:おっさん回復薬は!?
イサト:使いきっちゃったてへぺろ。
アキ:おっさんんんんん……!!!!!
————————————————————

 

 おっさんにてへぺろされたところで可愛げのかけらもない。
 
 特に前人未到のダンジョンの最深部、もしかしたらクリア寸前かもしれない、といったところならばなおさらだ。むしろ殺意がわく。
 
 ちなみに言うまでもないが、「アキ」というのはRFCにおける俺のキャラの名前だ。秋良だからアキ。安直なネーミングだとは言わないでくれ。俺が一番よくわかっている。

 

————————————————————
イサト:アキ青年、回復薬余ってないか。
アキ:渡すからまずは死なないように頑張れ……!!
————————————————————

 

 お前はマンボウか、とツッコミたくなるほどに死にやすいおっさんだが、その攻撃力は異常に高い。このあたりに湧くモンスターは、前衛職である俺ですら一撃必殺出来ないHPと耐久値を誇るというのに、それをおっさんの使役する獣はやすやすと一撃で引き裂いてしまう。
 
 なので、ここでおっさんに死なれてしまうと、おっさんの使役する獣も消えてしまうわけで、そうなると今までそちらに向かってたモンスターが全部一息に俺の元へと押し寄せるわけで。

 まあ、死ぬ。普通に死ぬ。

 死んだところで周囲にいる誰から復活系の回復アイテムを使ってくれれば、デスペナも発生せず、その場で蘇生することもできるのだが……。
 
現状、どっちかが死んだらそのまま戦線を崩されて全滅するコースが濃厚だ。

 といっても二人しかいないわけだが。
……よく二人でここまで潜れたよな。

 公式から追加マップが発表されてからすでに一週間。
 数々の廃人どもが挑んでは、「なにあの苦行」と言わしめた魔の洞窟。
 経験値もそんなに美味しくない、モンスターは異様に強い上に異常に湧いてる、ボスは取り巻き二匹から常に回復をかけられているときた。
 
 取り巻きを先に倒そうとしても、取り巻きはボスから延々とHPドレインをするという厄介な仕様だ。取り巻きAにダメージを与えても、取り巻きAはボスからHPを吸い上げ、そのボスを取り巻きBが回復する。
 
 ならばと取り巻きAと取り巻きBに同時に攻撃をかけると今度は別の問題が出てくる。取り巻きABは、こちらから攻撃しない限りはこちらに攻撃を仕掛けてこないのだ。つまり、取り巻きABに同時に攻撃してしまうと、こちらもまたボスと取り巻きABの合計三体の敵からタゲられることになる。ボス一匹の火力ですら、一発で重装備のこちらのHPの半分をあっさり削るのだ。そこに取り巻きの攻撃が加われば……どうなるかはわかるな?
 
 そんな大惨事状態であるため、正直公式が何を考えてこんなMAPを追加したのか全くもって理解に苦しむ。
 
 ただのドエスなんじゃないのか。
 
 噂によると、そろそろ公式がパッチをあててボスのステータスに調整をいれる、という話もすでに出ているらしい。
 
 最新マップでありながら俺らの他に人がいないのは、皆そのパッチ待ちであるせいだろう。
 
 逆に俺やおっさんのような物好きは、パッチがあてられる前に運営のドエスっぷりを堪能してやろうじゃまいか、なんて思いつきでこうして平日の昼からダンジョンに潜っているわけなのである。
 
 おっさんは謎の自由業、俺は時間に余裕のある大学生だからこそ実行できた成り行き任せの企画だ。
 
 俺は大きく剣を振り回し、当たった敵をノックバックさせる効果のあるスキルを発動。それと同時におっさんをクリックしてアイテムの譲渡を試みる。
 
 俺が所持している回復アイテムの約七割をおっさんに渡す。
 
 無事に受け渡しが済んで、ほっと息を吐いた。前回おっさんと二人で別のボス戦に特攻した時のことを思い出す。アイテムを譲渡しようとしてお互いに立ち止った瞬間、目の前でボスキャラの放つレーザービームの直撃を喰らっておっさんに死なれた時の虚無感といったらなかった。アイテムを渡す相手がいません、という無慈悲なシステムメッセージを見て呆然としている間に、俺もまたレーザービームの犠牲となったのだ。南無い。
 
 そんな感じで毎回回復アイテム切れを起こしがちのおっさんではあるが、それは別段おっさんの準備不足というわけではない。もしそうだったらとっくに俺がきゅっと首をしめている。そうではないのだ。単純に、俺とおっさんでは回復アイテム使用の頻度が約三倍~五倍ほど違う。
 
 もちろん頻度が高いのはおっさんの方だ。
 
 おっさんはおそらく今回も所持限界まで回復アイテムを積んできていたはずだ。それでも、足りなくなったのである。
 
 リアルなら腹がたぽたぽなんていうレベルじゃすまない。
 
 美麗なダークエルフの青年が、股間をおさえて尿意を訴える様を思い浮かべると思わず口元が笑みに緩んだ。
 
「まったくおっさんはしょうがねぇなぁ」

 おっさんとつるむようになって以来の口癖だ。
 
 何せおっさんは自分より20~30以上レベルの高い敵ですら一撃必殺するだけの火力と、自分より10以上レベル下のモンスター相手にも一撃必殺される紙装甲を持ち合わせる御仁なのだ。
 
 そんな厄介な特性を持ち合わせているわりに、俺を含め何かとパーティーに誘う声が絶えないのはおっさんの人徳だろう。なんだかんだ面白いおっさんなので、戦力として役に立たなくとも、一緒に遊ぶだけで楽しいのだ。
 
 見ている側から、さっそく俺が渡した回復アイテムを使ったのか、ぐんぐんとおっさんのHPが回復していくのがわかる。
 
 後は消耗戦だ。
 こちらの回復アイテムがきれるか、何か致命的なミスを犯して全滅するのが先か相手のHPを削りきるのが先か。
 
 現在俺らのとっている戦法というのはひたすら愚直な正攻法だ。
 俺とおっさんで取り巻きに同時に攻撃を仕掛け、ボス+取り巻き×2の攻撃ダメにひたすら耐える、という。
 
 ショートカットキーに回復アイテムを使用する指は止まらない。
 俺ですらこうなので、おっさんなんぞそれこそひたすらショートカット回復を連打しながら、攻撃指示を出しているという状態だろう。
 
 そんな作戦もへったくれもない正攻法でもここまでねばれているのは、俺もおっさんもそれなりに高レベルに分類されるところまでキャラを育てているからだ。

後もしかしたら、本気で攻略する気がなかったことも良かったのかもしれない。
 あくまで俺もおっさんも物見遊山気分、いけるところまでいってみよう、としか思っていなかったのである。
 
 なんとしてでも攻略してやる、という気負いがなかったことが、良いように作用した可能性も捨てきれない。
 
 
 ――それか、神様の悪戯か。
 後から思い返せば、それはそういう風に呼べるタイミングだった。
 
 
 延々と、いっそ眠くなるような単純作業の繰り返し。
 HPが尽きる前に回復薬を登録したショートカットをたたき、同じくショートカットに登録してあるスキルの発動を実行。
 
 スキルには一度発動させた後にいくらかのクールタイムが設定されている。
 その間はひたすら通常攻撃を叩き込む。
 そしてクールタイム終了と同時に再びスキル攻撃。
 どれぐらいその作業を続けていただろうか。
 そろそろ俺がトイレに行きたくなってきた。
 もちろんキャラで、ではない。リアルでだ。
 が、ネトゲをプレイしたことのある方ならばおわかりだろうが、ネトゲにはポーズ機能というものがない。
 
 おっさん風に言うならば時を止めることなど誰にも出来ないのだよ青年、というところだ。
 
 いや、漏れる。

 

————————————————————
アキ:しょんべん
イサト:もらせ
————————————————————

 

 しょんべん、なんて名詞だけで意図が通じたのはありがたいものの、返事はさらに短く、そしてさらに酷かった。
 
 MMO中毒といえるほどまでのめりこんだヘビーユーザーの中にはボトラーと呼ばれるツワモノもいるらしいが、俺はそこまでの領域にはまだまだ達していない。
達したくもない。人間としての尊厳はまだまだ大事にしたい。もちろん部屋の中で豪快に垂れ流すなんていうのは問題外だ。

 

————————————————————
イサト:まあきりないし、あとちょっとでひだりがしぬからそいつ
だけたおさないか
アキ:りょ
————————————————————

 

 いよいよ余裕がなくなってきているのか、おっさんが漢字変換を諦め出した。
 チャットに気を取られると死ぬ、というのはおっさんの定番だ。
 
 俺の膀胱的にも、回復アイテムの残量的にも、それは妥当な提案に思えた。
 あの運営の狂気ともいえるラスボス、その取り巻きの一つを破壊できただけでも土産話には十分だ。
 
 そうと決めたら後はもう勿体ぶらずに持ちうる限りの力を使って取り巻き(左)に全力で攻撃を叩き込む。おっさんは回復防止のために取り巻き(右)へとちまちま精霊魔法を仕掛けている。
 
 おっさんのメインスキルはペットの使役なので、エルフといえど精霊魔法の火力はそれほど高くはない。だが今回は攻撃して回復を邪魔さえ出来ればいいので、火力についてはさほど問題にはならない。
 
 高ければ高いに越したことはないのだが。
 
 そしておっさんの使役するグリフォンがボス本体から俺と同じく取り巻き(左)へとターゲットを変更した。メイン火力の総攻撃を浴びて、取り巻き(左)のHPがぐんぐんと減っていく。
 
 見た目はただの浮かぶ石柱であるせいで、見た目からはあまりダメージの通り具合が分からないのが物寂しい。
 
 そしてやがて、ついに取り巻き(左)の残りHPを示していた赤いラインがゲージの中から消滅した。
 
 びし、と罅の入った石柱が派手に砕け散る。

 

————————————————————
アキ:おっさん死ぬ前に転移すっぞ!
イサト:おー!
————————————————————

 

 敵のドロップしたアイテムは自動的にインベントリに収納されるので、後は脱出するだけだ。
 
 おっさんが俺の使うアイテムの効果範囲内に接近したのを確認して、俺はインベントリを開いて転移用のアイテムをクリックする。
 
 エメラルドグリーンに煌めく転移ジェムをダブルクリック。
 
 これが発動すれば、俺たちは最後に寄った安全圏へと転送される。

 

「……って、エメラルドグリーン?」

 

 思わず声に出して眉間に皺を寄せる。
 俺の記憶が確かならば、転移ジェムはライトブルーのアイコンをしていたはずだ。
 これはちょっとやらかしてしまったかもしれない。
 
 あわただしくアイテムを使用する際に、見た目の似ているアイテムを誤使用するのはありがちなミスだ。
 
この場合問題となるのは、転移ジェムと見た目が似ていて、間違えそうなアイテムに俺が心当たりがない、ということだろうか。

 そうなると、たった今手に入れたばかりのアイテムということになるわけで。

 

————————————————————
アキ:おっさんごめん。なんか今ドロップしたばっかのレアアイテ
ムうっかり使ったかもしらん。
イサト:ぶっころ
————————————————————

 

「ですよねー」

 おっさんのもっともなリアクションに笑いつつ、俺は改めてアイテムインベントリを開いて転移ジェムをダブルクリックする。
 
「……あれ?」

 おかしい。
 
 普段なら、ダブルクリックしてすぐに『転移します』というシステムメッセージが出るはずなのだ。
 
 それが出てこない。
 
カチ。カチカチ。カチ。

 何度かクリックを繰り返す。

 

 

 『転送します』

 

 

 あ、出た。
 いや、何か違う……?

「……っ!?」

 突如、PC画面がホワイトアウトした。
 
 ブルースクリーンなら何度か経験あるが、真っ白になるというのは初体験だ。どっちにしろ心臓に悪い。すわPCの買い替えか、なんて嫌な予感がし始めるわけだが……。
 
 状況は俺が思っていたよりもカオスな方向に振り切っていた。
 白々とした光が画面越しにあふれて部屋を満たし始める。
 閃光弾を目の前で破裂させられたらこんな感じなのかもしれない。
 
 これ、画面焼き切れないか?
 
 そんな疑問と共に俺の視界は真っ白に染めあげられて――…、暗転した。

 

戻る ■ 次へ