4 ズルズルオバケとおっさん

「……なんたる罠だ。性別によって装備が別な弊害か。くそう」

 もそもそと呻きながら、だいぶサイズの合わない召喚士装備と戦っているイサトさん。

 先ほどは彼女が立ち上がった瞬間ズボンが落ちる、というド○フ的ラッキースケベに遭遇してしまった。

 といっても、上着もかなりサイズが合わなくなってしまっていることもあり、下半身もろ出しというよりも彼シャツ的な感じだったのだけれども。
 
 淡いクリーム色のだぶだぶとした下衣の下から現れたすんなりと伸びた華奢なおみ足に、俺が思わず熱視線を注いでしまったのは仕方のないことだと思う。
 
 上着の裾からにゅ、と伸びる太ももはむっちりと肉が乗り、それが次第にきゅっと細くなっていく。女性の曲線とは良いものだ。

 まじまじと鑑賞していたら、呆れ顔で睨まれた。無念。

 身長は160センチ程度だろうか。
 女性としては背が高い方に分類されるのかもしれないが、180超えてる上に、部活で剣道やバスケをやってきた体格の良い俺と並ぶと小柄に見える。
 
 そんなイサトさんを踏んづけて起こそうとしたことは、そっと忘れておく。

 俺の方は着ている装備のサイズが合わない、なんていう事態に見舞われなかったあたり、イサトさんが言っているように性別が変わった弊害である可能性が高い。
 
 RFCでは、服や装備にサイズは設定されていない。あるのは女性用か男性用か男女兼用か、といった分類ぐらいだ。それでも、体格も様々ないろんな種族が条件さえ満たせば同じ装備を身に着けることが出来ていたあたり、魔法的な何かで自動的に調整されていたのだと思われる。が、イサトさんの場合は本来の性別に戻ってしまったため、その魔法的な何かのフォロー範囲外になってしまったのだろう。
 
 なんとか着れないか、と裾をまくってみたりしているものの、柔らかなローブ仕立ての召喚士装備はしばらく歩くとすぐにへろへろと落ちてきてしまう。

「……よし、良いこと思いついた」

 ぴこん、と何か思いついたような顔でイサトさんが顔をあげた。
 その顔は要注意だ。大体ゲーム中おっさんが「良いことを思いついた」と言い出した時は残念な結果に終わるフラグである。

「……なんだアキ青年その顔は」
「いや、別に」

 むー、とイサトさんが唇を尖らせる。拗ねられても面倒なので、「で、何を思いついたんだ?」とさっさと水を向けておく。

「君のその剣で、いっそ裾を切って貰った方が早いと思ったんだ」
「ああ、なるほど」

 ずべずべと裾が落ちてくるたびに巻いていてはキリがない。どうせ街についたらイサトさん用の女性装備を何かしら用意しなければいけないのだ。多少の不格好さよりは利便性をとりたい、ということか。思ったより普通の提案だ。
 
 ちなみに現在俺たちはとりあえず歩いていればいつかはどこかしらにつく、というイサトさんの主張により、ひたすら延々と歩いている。
 
 ゲーム内ステータスが影響しているのか、暑さを感じてはいるもののそれによって致命的に体調に負担がかかる、ということがないからこそ出来ることである。
 
 現実の砂漠だったら、とっくに熱中症か脱水で倒れている。

 まあ、それで倒れなくとも、服と同じくぶかぶかの靴を履いているイサトさんはよく転んでいるが。

 そのたびに何か恨めしげな目で俺を見るが、俺としては何もしてやれることがないので、そっと目をそらしている。転んでやんの、と笑わないあたりが武士の情けである。
 
 服の裾を切り落とすことで、イサトさんがリアル七転び八起き状態から脱せられるというのなら、俺としてもその手間を惜しむ理由はない。

「それじゃあ」

 俺はずらり、と腰から大剣を引き抜く。それに合わせてイサトさんは、上着の裾をぐいぐいと引っ張ってなるべく足を隠そうと無駄な努力をしつつ、一度ズボンを脱いで砂の上に広げた。

「どれぐらい?」
「えーっと、このあたり、かな」

 イサトさんが指で示したラインを目測で図り、彼女が安全圏まで身を引いたのを確認してから俺は剣を振り下ろす。

 正直に言うと、その時ちょっと何か忘れてるような気がするなーとは思っていたのだ。

 ものすごく、言い訳だが。

 俺の振り下ろした刃は恐ろしいほどの切れ味で召喚士装備(下)の裾を目的通りに切り落とし……、次の瞬間、召喚士装備(下)はきらきらした光をはじきながら爆散した。
 
 ぱしゃーん!

繊細なガラス細工を砕いたような音が響く。

「あああああああああああああ!?」
「ああああああああああああああ!!」

 俺とイサトさん、二人分の声がハモった。

 なんでどうしてこうなった、というようなイサトさんの声と、何を忘れていたのかを思い出して俺があげた納得の声。

 俺はこの現象を知っている。
 否。イサトさんだってこの現象を知っているはずだ。

 

 ――服の耐久値だ。

 

 RFCにおけるたいていの物には、物自体のHPといった感じで「耐久値」というものが設定されている。

 どれだけすごいマジックアイテムであろうと、どれだけ防御力に優れた装備品であろうと、使えば使うほど耐久値はじわじわと下がっていくのだ。
 
 そして、耐久値が0になった物は『壊れる』。

 それが先ほどイサトさんの召喚士装備(下)に起こった現象だ。
 裾を切り落とすために俺の加えた一撃が、ダメージとして計算された結果、見事召喚士装備(下)の耐久値を削りきってしまったのである。

「……、」

 思わず、小さく息を吐いた。

 目の前で起こった不思議現象に説明がついたのは良いのだが、逆に説明がついてしまったことに困惑を覚える。この理屈が通じるということは、本当にここはゲームの中の世界だということになってしまうからだ。インベントリの件だったり、俺らの装備や外見のことだったり、じわじわと現実逃避の余地が失われていく。その外堀が埋められていく感に、若干の息苦しさを感じた。逃げ場が、なくなる。どうしたらこの世界から元の自分の部屋に戻れるのか、なんて現実的な疑問や恐怖が胸の中にこみ上げてきてしまいそうになる。

 そんな息苦しさを打ち消したのは、わざとらしいほどに非難めいたイサトさんの呟きだった。

「あ、アキ青年が私のパンツ見たさにズボンを剥ぎとって壊した……」
「おいやめろください」

 人聞きが悪すぎる。
 見たくないかと言われれば非常に見たいが、そんな現世に戻った瞬間御縄になるような酷いことはしていない。

 第一、やれといったのはイサトさんである。

「ってことちゃんとした道具を使わないと服飾品の加工は出来ないてことなのか。面倒くさいな」

 むぅ、と眉間を寄せてイサトさんが呻く。

 加工のために手を入れることすらダメージ換算で耐久値が減ると考えると、確かに面倒くさい。RFCでは、加工には『材料』と『道具』と『スキル』が必要だったわけだが……。
 
 その『道具』の部分をおろそかにするとこうなりますよ、という良い見本が出来てしまった。

「アキ青年、予備の服持ってないか?」
「出てくる前に耐久値MAXまで回復してきたからな……、予備は持ってない」
「そうか……、私も回復アイテム積むのに邪魔なものは全部倉庫にぶっこんできちゃったからなぁ」
「ダンジョンに潜るだけだと思ってたもんなー」

 重さでアイテムの所持出来る量が決まることもあり、ダンジョンなどに戦闘目的で潜る際には、できるだけ要らないものは倉庫に預け、回復系のアイテムを詰め込むというのが定番だ。

 俺のようある程度防御力があり、回復アイテムの消費量に予想がつく場合は、主にドロップ品を集めるためになるべくインベントリを軽くしておく、ということになる。
 
 そのため、俺もイサトさんもダンジョンアタック仕様、といった感じで、必要最低限の品目しか現在所持していない。
 
 まあ、イサトさんはだいぶ回復アイテムを使いまくっていたので、現在のインベントリは結構ガラガラだろう。

「私も不精しないで装備の耐久値MAXにしておけばよかった」
「イサトさんは普段そんなに耐久値食らわないもんな」
「基本的に一撃必殺されるからな……」

 ふっと視線が遠のく。
 装備の耐久値は敵の攻撃を受けることでじわじわと減る。
 一発食らうごとに1減る、というほどわかりやすくすぐさま減っていくわけではないが……。

 低レベルのアクティブモンスターがいるエリアで、どれだけたかられようとダメージは通らないからいいやと離席すると、戻ってきたときにはパンツ一本だったりするのが良い例だ。

 そうなると、基本的に後衛で前線に出ないイサトさんの装備は、前衛の俺に比べると耐久値が減りにくい、ということになるのである。攻撃をくらったとしても何発も耐える、という仕様でもない。イサトさんの戦術は一撃で仕留めるか一撃で仕留められるか、というギャンブルだ。
 
 ちなみに耐久値は『道具』を揃えてNPCの職人に頼むことでも回復できるし、自分でそのスキルをとれば、自分でも修繕することができるようになる。俺はその辺の生産関係はNPC任せだが、確かイサトさんはそういったスキルも持っていたはずだ。
 
 この人はそういう意味で器用貧乏なのである。

「うーん、裸族的にはもういいかな、って気がしているが、うら若き乙女としてはどうなんだという内なる声が聞こえる」
「内なる声に従ってくれ」

 先ほどまでは一応恥じらうように上着の裾を引っ張っていたイサトさんは、もうすでに足を隠すことを諦め始めている。おい諦めるなよ。諦めたらそこで試合終了です。
 
 この人はもしかすると今でも自分がおっさんだとでも思っているんだろうか。だとしたら大間違いだ。
 
 今のあんたはとびきり魅力的な美人エルフで、俺はわりとヤりたい盛りの御年頃なんだぞ。
 
 その辺一度真面目に釘を刺しておきたいような気もするが、ふと見た元おっさん今美女なイサトさんが楽しそうに笑っていたので、気が殺がれてしまった。

「覚えてるか、アキ青年」
「……覚えてる。アルティと初めて会ったときのことだろ?」
「そうそう」

 くくく、と喉を鳴らしてイサトさんが笑う。

 先ほども説明したとおり、RFCの世界観では、ほぼ全てのものに耐久値が設定されている。

 壊れたら新しいのを買うか、それが嫌ならば壊れる前に修理して耐久値を回復させなければならない。

 が、ゲームを始めたばかりのプレイヤーというのは、そこをつい失念してしまうのだ。

 その代償は――……、戦闘中の突然のキャストオフ、である。

 街から離れたひとけのない森の中でレベル上げにいそしんでいた彼女は、そこで着ていた装備の耐久値を0にしてしまったのだ。

 俺とイサトさんが通りかかったとき、アルティは木陰で座りこんで茂みの中に隠れて途方にくれているようだった。

 そして俺が声をかけるべきかで迷っている間に――、おっさんは自分の着ていた男女兼用のネタ装備、黄色いクマさんの着ぐるみをアルティに譲渡したのだ。
ビリベアのアルティ、誕生の瞬間である。

 RFCの設定だと、装備が脱げても、中のインナーだけは残る。
 男だとトランクス、女だとブラとパンツ。

 色違いのブラッディベア――名前通り赤い――の着ぐるみを着た俺と、黄色いビリベア着ぐるみのアルティと、トランクス一枚のおっさん。
 
 かなりよくわからない光景だった。

 しかもそのあと着替えるために街に戻るかと思いきや、おっさんはもうパンツでいいんじゃないか、とか言い出し、結局そのままの格好で狩りに赴いたのだ。
 
 薄暗いダンジョンを駆け抜けるクマ(赤)とパン一のおっさんという図は、その後しばらくネタにされた。

「おっさん超イキイキしてたよな」
「美味しいじゃないか、パン一ダンジョン特攻なんて」
「ただでさえ紙装甲な癖に」
「あの時は素材集めがメインだったから、あんまり強い敵もいなかったからいいかなって」
「その素材集めの雑魚相手に死にまくったのはどこの誰だ」
「私です」
「分かっていればよろしい」

 そんな会話を交わしつつ、俺はがちゃがちゃ、と扱いなれぬ金具をいじって肩からマントを外した。
 
 ゲームであればクリック一つで着脱できるのだが、こうなるとさすがにそういうわけにもいかない。

「ほら。これ巻いてればちょっとはマシだろ」
「いいのか?」
「おう」
「ありがとう、助かる」

 イサトさんは俺が差し出したマントを受け取ると、ひらりと華麗にそれを靡かせ――……、羽織った。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……つっこんでくれ、沈黙が痛い」
「何でも突っ込んでもらえると思うなよ」
「ひん」

 無言に勝る突っ込みはない、こともある。

 イサトさんはくっくっく、と鳩みたいに喉を鳴らしながら笑いつつ、マントを腰回りに巻きなおした。

 腰の片側で端をきゅっと結んでいるため、ひらひらと斜めに足首に向かう布のラインは、ロングドレスの裾を思わせるドレッシーな状態だ。

 イサトさんはドヤァとでもいう風にこちらを見ている。

 たぶん、上が普通の服だったなら、ファッショナブルに見えた……、のかもしれない。が、クリーム色のずるずるの下にダークレッドのマントを巻いているので、なんかこう全体的にずるずるしている。

 新種のゴースト系モンスターのようだ。

「どっかついたらまともな服買おうな」
「……はい」

 かくり、と項垂れたイサトさんの肩を軽く慰めるよう叩いて、俺たちは再び砂漠を歩きだす。

 

 

 

 そして。
 そろそろ日が暮れようという頃に――……、ようやく小さな村にたどりついたのだった。

 

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