厭な静けさが耳を打った。
それはレイシフト先での戦闘の最中のことだった。
本日も絶好調に、ライダークラスを斬り捨てて回っていた古なじみの男が突如ぴたりと動きを止めたのだ。
高笑いと剣劇の音が止み、急な静けさが違和感と結びつく。
見れば、腰だめの高さで構えられていた刀がだらりと下ろされるところだった。
龍馬の幼馴染というのは、基本的に相手が何であれ敵に対して戦意を萎えさせるということのない男だ。相手が強ければ強いほど囂々と音が聞こえるのではないかというほどに殺意をその双眸に燃やす質の男であり、特にそれが仕事であれば手を抜くようなことはあり得ないといっても過言ではない。
だから何か異変があったのはすぐにわかった。
「ッ」
異変の元を視線で探す。
崩れ落ち、塵と化す異形の傍らからずるりと姿を現す新たなるエネミーの姿があった。
ラミアだ。
女の身体に蛇の下半身を持つ妖だ。
炯々とその双眸を輝かせ、その禍々しい煌めきこそが龍馬の古馴染みである以蔵を絡めとったものの正体であるらしかった。
「キャスタークラスか!」
龍馬は低く毒付く。
以蔵はアサシンクラスということもあり、魔術的な干渉に対する抵抗値が驚くほどに低い。特に、ライダークラスのエネミーの影に隠れるようにして接敵された上での不意打ちともなれば、おそらく完全に術中に落ちたと見て間違いないだろう。
「お竜さん、頼めるかい」
「いいぞ、全くあのクソ雑魚ナメクジときたら全く手のかかる!」
ぶつくさとボヤきながらも、ふわりと龍馬の上背を軽々と飛び越して背後から飛び出したお竜がするすると宙を泳いでラミアへと突っ込んでいく。
お竜にかかれば、ラミアなどちょちょいのちょいだろう。
心配はしていない。
問題は以蔵だ。
どのような術を仕掛けられたのか。
龍馬は頼りになる相棒から視線をきり、以蔵へと向き直って――はくりと小さく息を呑んだ。
以蔵の背後には、手が浮いていた。
肘より少し上から先だけの腕だ。
胴体はどこにも見当たらない。
ただ二本の腕だけがぷぅかりと浮いていた。
節のある無骨な指、大きな掌、男のものだ。
その腕が、以蔵には一体誰のものに見えているのか。
それは腕だけで、決してその先には誰もいないはずなのに、まるで背後から抱きすくめでもされているかのように以蔵は動こうとしない。
動揺に拡大した瞳孔が怯えたように揺れるばかりだ。
するりとその手指が以蔵の首元にまとわりつく。
男らしく尖った喉ぼとけがぎくりと硬直するのが龍馬にもわかった。
「以蔵さん!」
名を呼ぶ。
けれどそれよりも先に、まるで龍馬の声音が以蔵の耳に届くのを妨げるかのようにその掌が以蔵の耳元までうぞりと這い上がった。
否、それは龍馬の声をさえぎるだけでなく、何かを以蔵へと吹き込んだのかもしれなかった。ひくりと、引き攣ったように以蔵の口角が持ち上がる。
見るものの心に不安を投げ込むような、そんな顔で以蔵が笑う。
へひ、と引き攣った掠れ声すら聞こえたような気がした。
「以蔵さん!」
もう一度名前を呼ぶ。
今度は邪魔されず、その声は以蔵に届いたようだった。
その証拠に、以蔵の視線が持ち上がる。
龍馬を見据えて、以蔵が笑う。
開き切った瞳孔、慈しむように頬を撫でる男の手に心酔したように笑って、以蔵は龍馬に向かって真っすぐに鯉口を切りながら踏み込んでくる。
嗚呼またかと龍馬は空を仰ぎたくなった。
いつだって龍馬の声は以蔵に届かない。
いつだって、以蔵はロクでもないものに目を眩まさせられ、耳を塞がれ、操られるのだ。
嗚呼、なんて。
「忌々しいね、」
低く吐き捨てて、龍馬もまた以蔵の太刀を受けるべく抜刀するのだった。
