それは、龍馬と以蔵が現在にレイシフトしてから迎えた冬のある日のことだ。
その日も龍馬は一日朝から調査の為に出歩いており、帰路についたのはそろそろ空が燃えるように赤く染まり始めた頃になってからの事だった。
日が暮れ始めると、がくんと気温も下がり始める。
白手套の下の指先もじんわりと冷えて感覚が鈍くなりつつある。
すり、と指先を擦り合わせて指先の感覚を取り戻そうと試みつつ龍馬は帰路を急ぐ。
――――と。
「りょぉま」
呼ぶ声と同時に、ゆらりと影が差した。
電柱の影に溶け込むように背中を壁に預けて佇んでいた男がゆるりと身体を起こしたのだ。
白シャツに黒のベストにスラックス。
こちらに来てから、随分と見慣れたような気がする幼馴染みの洋装に龍馬は驚いたように瞠っていた双眸をやわりと笑みの形に撓めた。
「以蔵さん」
「おん」
名前を呼ぶと、短く相づちが返ってくる。
「どうしたの、そんなところで。僕のこと、待っててくれたの?」
「おん。おまんを待っちょった」
「え。本当かい?」
冗談のつもりだった。
偶然じゃ、だとか。
おまんを待っちょったわけやない、などという返答が返ってくることを想定していたのだが。
どうやら、本当にこの男が冷え込み始めた外に佇んでいたのは龍馬を待ってのことだったらしい。
足下を見やれば、まばらに煙草の灰が落ちているのがわかる。
「寒かったろう、こんなところで。部屋で待っててくれれば良かったのに」
「大して寒くはないき」
「いやいや寒いでしょ、以蔵さん、鼻赤いよ」
寒くないと強がる以蔵だが、その鼻頭にはほんのり朱色が浮いている。
一体どうしたのか、と龍馬が問いを重ねるより先に。
隣にやってきた以蔵に、するりと手を絡め取られた。
手指の一本一本に指を絡めるように、ぎゅ、と力強く握られる。
冷えて感覚の鈍くなり始めていた指先に、かッと熱が巡るような心地がした。
「な、な、なに」
「今日はすろっとで勝ったき、わしの奢りじゃ。美味いもんでも喰いにいくがよ」
「それで待ち構えてたの」
「おん」
ふへへと隣で以蔵が大層上機嫌に笑う。
その横顔はどこか誇らしげにも見える。
子どもの頃、こじゃんと大きな魚を釣ったのだと自慢していた時と同じ顔をしている。
きっと、今日の勝ち分を早く龍馬に報告したい一心で、こうして外で待っていたのだろう。
「もう、身体冷やすよ、以蔵さん」
今だって、以蔵はいつもの格好の上からキャメルのコートまで羽織った龍馬とは対照的に軽装だ。
珍しくスーツのジャケットを手にしてはいるものの、袖は通さず肩に引っかけただけだ。
シャツのボタンも、だらしなくベストのギリギリまで開いている。
胸板の厚み的に前を絞めると苦しいらしいのだが。
首元をもっふりと隠す襟巻きの下にちらちらと見える素肌に、龍馬としては若干目のやりどころに困る、というのが正直なところだ。
一回部屋に戻ってコートでも、だとか。
そんなことを言うより先に、隣できひひ、と以蔵が意地悪く笑った。
「おまん、顔が赤くなっちゅうぞ」
「―――」
ぐう、と唸るような声が漏れる。
薄い白手套の生地越しに感じられる男らしいしっかりとした手指の感触だとか。
じんわりと伝わってくる、以蔵の高めの体温だとか。
それはなんだか。
二人きりの寝室で、肌を重ねる際の所作に厭になるほどよく似ている。
龍馬の与える快感に溺れたように、以蔵は縋るところを求めてこうして手指を絡めたがるのだ。
だから、今こうして龍馬の頬やら目元が赤くなってしまうのは仕方がないことだ。
不慮の事故だ。
だというのに。
「こンすけべえ」
柔らかに揶揄うような以蔵の言葉に、ますます目元の熱が上がったような気がする龍馬だ。
「しゃんしゃん行くぜよ」
ぐいと龍馬の手を引いて、以蔵が歩き出す。
腕を取られて少し前のめり、龍馬は早足で以蔵を追いかける。
そんな龍馬には見えぬ角度で、ぎゅむりと龍馬の手をしっかりと握った以蔵が幸福そうな柔い笑みを口元に浮かべていたのは龍馬には内緒だ。
こんな、他愛のない日常が愛しくて仕方がないなんて。
