それはある種の霊基の異常だった。
「――—」
きっ、といつも以上に固く口をへの字に結んでいるのは人斬りの男だ。
むすりとそんな口元を襟巻の中に埋めるようにして、黙りこくっている。
無骨な佇まいとは裏腹に、岡田以蔵というのは意外と口数の多い男だ。
他愛のない話を愉し気に口にしては、一人でけらけらと笑っているような男だ。
それがむっすりと黙り込んでいるのである。
見るからに不機嫌そうな様子に、事情を知っているメンツはどこか柔らかな苦笑を浮かべて見守り、事情を知らぬ面々は一体何があったのかと心配そうな面持ちをしている。
そして。
かつての幼馴染でもあり、カルデアにおいても悪友じみた立ち位置を守る男がそんな人斬りを放っておくわけもなく。
「以蔵さん、どこか具合でも悪いの?」
「……………………」
ちろ、と以蔵が視線を持ち上げる。
顎の先、口元をふかりと襟巻に沈めたままなあたりが、口を利くつもりがないという主張じみている。
「以蔵さん」
心配の滲む柔い男の声音に、以蔵の視線がふッと逃げる。
追及を避けたいときの子どもの頃から変わらぬ癖に、龍馬の口元に柔い笑みが乗る。
これぐらいの強引さはきっと許されているだろうとのいっそ傲慢なほどの自覚のもとに手を伸ばし、そっとその頬に触れてむにっと圧をかけた。
「何しゆう♡」
「なんて???」
思わず龍馬が真顔で問い返すのと、以蔵がハッとしたように慌てて口を掌で抑えるのは同時だった。
「以蔵さん」
「………………」
もう絶対しゃべらんぞ、というような強い意志を感じる口元のへの字に、龍馬はむにむにと以蔵の頬を捕まえた指先にさらに圧を加える。
むにりと押す度に強制的にひよこ口になる様子が子どものようで可愛らしい。
「以蔵さん」
じ、と目を見る。
「…………」
「そこまで黙りとおすならわしにも考えがあるき」
「…………」
「マスター、ちょっといいかい?」
「えっ」
突然の飛び火に、まさか自分に水が向けられるとは思っていなかったらしいマスターがギョッとしたように声をあげる。
そんな様子にはあえての気づかぬそぶりで、龍馬は言葉を続ける。
「あのねえ、先日食堂の備蓄の数が合わなかった件なんだけど」
「やめえ♡ わかったき♡ 黙らんか♡ こンべこのかあ♡」
「―――」
「………………」
食堂からこっそり気配遮断スキルを駆使して酒のつまみをこじゃんと盗んだ犯人と、龍馬がしばし無言で見つめあう。
「以蔵さん」
「……なんじゃ♡」
諦めたのか、顔は不貞腐れた様子で、その癖声音だけは甘ったるく蕩けた以蔵の言葉に、龍馬はふくふくと笑いをこらえながら言った。
「ちょっと僕の名前呼んでみて」
「厭ちや♡」
「マスター、」
「またんか♡」
「…………」
「…………」
しばし、睨みあう沈黙。
目力だけで人が殺せるならば、十分な殺傷能力を誇りそうな以蔵の眼差しに対して、龍馬はにこにこと笑みにその切れ長の涼しげな双眸を撓ませている。
譲る気のないらしい、さあやれと言わんばかりの龍馬の圧しの強い視線に負けて、以蔵は渋々といった風に口を開いた。
「龍馬♡」
「以蔵さん♡」
何故か以蔵と違って強制的にそうなっているわけではないはずの龍馬が、以蔵のテンションに合わせて低く甘く蕩けた声音で応戦するのに、そばで聞いていたマスターとそれを直撃で喰らった当人である以蔵が盛大にぶふッと噴き散らかした。
「おまん♡ 馬鹿じゃろう♡ どいてわざわざ真似してきたがじゃ♡」
「やらなきゃ駄目かなと思って。やあ、以蔵さんそれ可愛いね」
「他人事だと思いやがって♡」
「だから合わせてあげたじゃない♡」
「やめい♡」
ぶひゃひゃひゃひゃ、と以蔵が笑いだす。
つられたように、龍馬もふくくくくと笑いをこぼす。
今日もカルデアの幼馴染組は愉しそうに馬鹿をしている。
