嫉妬2

「なんだ、お竜さんの留守中に強盗にでも入られたのか」

 翌日の朝、事務所にやってくるなりそんなコメントを漏らしたお竜に、部屋を荒らした張本人である龍馬ははは、と小さく苦笑をしながらそっと目をそらした。
 つい、我慢がきかなかったのだ。
 惚れて惚れて惚れぬいて、それでもなかなか恋人などという甘やかな関係には堕ちてくれぬ情人が、珍しく悋気の欠片を見せたりなどしたものだから。
 仕事中だとか、そういうことが頭の中から飛んで行ってしまって、気づいたらその身体を小脇に抱えて店を出ていたし、頭の片隅ではその頃には既に最短で仕事を片付けるための手段を選ばぬやり口などがすっかり線を引かれてしまっていた。
 普段なら、龍馬はもっとスマートな方法を好む。
 大きな騒ぎにはしたくないし、大げさなこともしたくはない。
 争いごとを起こすつもりはないし、誰かを傷つけるのもあまり好ましくはない。
 するすると紐の結び目を解くように、静かな解決こそを本来は望んでいるのだ。
 だが、今回はちょっとそうもいかない。
 昨日と今日と時間を無為にしてしまう分、多少荒っぽいことにも手を染めなければいけないだろう。
 そのための道筋はもう頭の中には用意できている。

「イゾーか」
「はい」

 何もかもお見通しだというような少女の声に、龍馬は大人しく認める。
 どうせ隠し事などできないのだ。
 部屋に連れ込んで、寝室まで待てずに玄関先で揉み合うように口づけて、脱がせて、抱いて、足の崩れた彼を腕に抱いて机に移動して、机に乗っていた邪魔なものは全部払い落としてまだそこで体を重ねて、最終的にソファに落ち着いてまた抱いた。
 言外に抱き潰しちゃると宣告した通り、昼にさしかかった今となっても以蔵に置きだす気配はなく、ぐったりと奥の仮眠室でシーツに埋まっている。
 大事に大事に、宝物を隠すかのように、柔らかな上等の布の中に埋めてきた。
 もうしばらくは起きだしては来ないだろう。

「仕事のほうはどうするんだ」
「多少強引な手は使うことになるだろうけれど、きっちり片は付けるよ」
「そうか」

 そんな会話の合間に、少女がついと龍馬へと身を寄せる。
 お竜がやってくるまでぎりぎりまで寝台にいた龍馬は、未だシャツを軽く羽織っただけという常にないラフな格好のままだ。
 まるで当たり前のように伸びてきた少女の細い指先が、龍馬のシャツの釦を下からぷちりぷちりとホールにくぐらせていく。

「ありがとうね、お竜さん」
「これぐらいなんてことはない。ところで、以蔵にはその依頼についてはちゃんと話したのか?」
「―――――」

 にこお、と笑う龍馬に、答えは聞かずともわかったとでも言いたげにお竜は小さく息を吐いた。

「ナメクジとはいえ、イゾーは顔の良い部類だろう。あいつにも手伝わせればいいんだ」
「だから厭なんだよ」

 子どものようにシャツの釦を少女にとめてもらいながら、龍馬は子どものように唇を尖らせて、子どものような我儘を言う。

「以蔵さん、絶対モテるじゃないか」

 ―――そう。
 龍馬が以蔵に内緒で引き受けた案件の依頼人は、華やかな風俗界隈に多くの店を持つやり手のビジネスマンなのである。
 その調査対象ともなれば、当然華やかな店の女たちが中心となる。
 昨日以蔵に踏み込まれた際に龍馬が会っていた女性も、夜の店で働く華やかな蝶の一人だ。
 そんな女たちの中に以蔵を放り込むなんてとんでもない。
 あの男は絶対モテるし、間違いなく据え膳はかっ喰らう。
 もとよりノーマルよりの性嗜好である以蔵だ。
 今でこそさんざ快楽を教え込み、悦に弱い質に半ば漬け込んでいるような状態だというのに、そんな仕事をきっかけに同性である龍馬との関係を見直すようなことになってしまったら藪蛇どころではない。
 今更手放せないし、手放す気もないのだ。

「イゾーもかわいそうに」

 呆れたような、どこかからかうような響きで呟いた少女に、龍馬はうっそりと黒々とした双眸を細めて柔らかに笑う。

「大丈夫だよ。その分僕がちゃぁんと幸せにするからね」

 当然だが、何も大丈夫ではない。

 

 

戻る