「のう、マスター」
それはある日のことだった。
食堂にて遅めの昼食を食べているところで、ひどく神妙な声と顔で呼びかけられてマスターははた、と居住まいを正した。
向かう先にいるのは、和服の上からインパネスコートを着込んだ男だ。
岡田以蔵。
日本史における四大人斬りに名を連ねるアサシンクラスのサーヴァントである。
考えることは苦手だと自ら公言してやまない男であるわけなのだが、そんな男が大真面目に、物憂げな顔をしているのである。
一体何があったのか、とマスターとしても身構えてしまうというものだ。
「ちっくと相談があるんじゃが。時間えいがか?」
「もちろん!」
ず、とテーブルの上に置かれていた皿ごと寄せて、マスターは以蔵へと向き直る。
その真剣に話を聞こうというマスターの態度に安堵したように、以蔵は少しだけ表情を和らげた。
「何かあったんですか?」
「わしがこんなことを言うのもあやかしい話やけんど……どうも、龍馬ののうが悪いようなんじゃ」
「龍馬さんが?」
坂本龍馬。
それは岡田以蔵とは切っても切り離せない因縁の相手である。
ともに育った同郷の幼馴染みでありながら、坂本龍馬は新たな世界を夢見て以蔵をおいて土佐を出た。
その後龍馬が歴史上の偉人と名を連ねるほどの活躍をする一方で、以蔵は人斬りとして名をあげ、最後は河原で首を落とされて果てるに至った。
坂本龍馬という男に見放されたからこそのその結末なのだと、以蔵は龍馬を憎んだ。
だから、カルデアに召喚されたばかりの頃の以蔵というのは、坂本龍馬という男を見かけるたびにその眦をつり上げ、声を荒げ、刀の鯉口を切りかねないほどだった。
それが、この極寒の星見台にて穏やかな時間を過ごすにつれ、二人の関係は次第に落ち着いていき、最近では親しげに、かつての幼馴染みの距離感で酒などを飲み交わす姿なども見られるようになっていたのだ。
マスターはそんな二人の様子を微笑ましく眺めていたものだ。
だからこそ、以蔵の口から龍馬の様子がおかしい、などと相談されるとそこまで距離が縮んだことにうれしさを感じるとともに、素直に龍馬のことを心配する気持ちも沸き起こる。
「龍馬さん、何かあったんですか?」
マスターの脳裏に人の良さそうな顔で笑う男の顔が思い浮かぶ。
目元のたれた優しげな顔をした坂本龍馬という男は、人の苦しみは自分の苦しみであるかのように扱う癖に、自分の苦しみを人に分け与えることを良しとしない節がある。
だから、何か、マスターの知らないところで問題を一人で抱えてしまっているのかと思ったのだ。
「…………」
以蔵は、少しの間言葉に迷うように黙り込んだ後、おずおずと口を開いた。
「マスター、他言無用じゃ。約束しとおせ」
「もちろんだよ。誰にも言わない」
しっかりと視線を重ね、マスターはしっかりとうなずく。
そこでようやく安堵したように小さく息を吐いて、以蔵は言葉を続けた。
「…………龍馬がな」
「はい」
「わしのことを好きち言いゆう」
「―――はい???」
心の奥底から、ワンモア、と言う気持ちがマスターの口から零れ落ちた。
ちろりと以蔵が視線を持ち上げてマスターを見る。
少し、その表情には照れが乗っている。
「やき、わしのことを好きち」
「いや、それはわかったんだけど。えっ。それは恋愛的な意味で???」
「………………おん」
「うわー!?!?!?!?」
思わず動揺の声が漏れる。
同性愛に対する偏見だとかそういうものではなく、あの坂本龍馬が岡田以蔵を口説いている、という事実に動揺して仕方がないのである。
否、動揺というよりも感動、に近いのかもしれない。
何せ、カルデアに召喚された当時の以蔵は、龍馬のことを殺そうとばかりしていたのだ。一方的に以蔵が殺意と敵意をぶつけていたとはいえ、不仲な時期を知っているだけにそこまで二人の関係が進んだことに感慨が深いのだ。
「えっ、それで以蔵さんはなんて答えたんですか! 龍馬さんと付き合うんですか!?」
「ハァ???」
今度は以蔵の方がこいつ何言ってんだと言いたげな顔をした。
それに思わずマスターは「えっ」と小さく声をこぼす。
あまりにも以蔵が、恋愛の惚れた腫れた関係なく、自分が龍馬の想いに応えるという選択肢がマスターの口から出るとは思っていなかった、というようなしらっとした反応だったので驚いてしまったのだ。
「やき、のうが悪い言うとるんじゃ」
「へ……?」
「あいつ生前細君がおったじゃろ」
「あー……、そういえばそう、ですね」
マスターが知っている史実においても、坂本龍馬には妻がいた。
「土佐におった頃も、龍馬は衆道には興味をもっとらんざった」
「う、うん……」
「あいつは女が好きな男じゃ。それがここにきて突然わしのことを好きち言いゆう。のう、マスター」
「う、うん」
「あいつの霊基は大丈夫がか」
「ええええ…………」
まさかの質問だった。
この岡田以蔵という男は、自分のことを好きだという坂本龍馬は、どこかおかしいと認識しているのである。
どこかおかしくなってしまっているからこそ、自分に好意を寄せているのだと。
「――――」
なんだか、すごく。
マスターは龍馬に対して同情を覚えてしまった。
自分よりもはるかに人間が出来ていて、見目も良く、素晴らしい男である坂本龍馬に対して同情を覚えるなんていうのは大変僭越だとは思うのだが。
それでも、惚れた男に霊基の不具合を疑われているのだと思えば、何かこう、もの悲しい気持ちになってしまうのだ。
そう。
マスターの目から見て、坂本龍馬という男の以蔵へ抱いている気持ちは本物だ。
おそらく、以蔵が言うように生前の坂本龍馬は異性愛者であり、以蔵に対して抱いているのも幼馴染みに対する友情に過ぎなかったのだろうと思う。
けれど、その後龍馬は以蔵と死に別れている。
そのときの後悔はいかほどだったろうか。
そうして後悔を抱えて生きていき、倒れ、サーヴァントとして二度目の生を得て長い時間を過ごしていく中で、その気持ちはきっと変わっていったのだ。
他の人々のことが龍馬の中で思い出として通り過ぎていった中、最後まで残った執着の対象がきっと岡田以蔵だったのだ。
だから、きっと坂本龍馬は本気だ。
本気で、岡田以蔵に対して恋情と愛情を寄せている。
だというのに。
岡田以蔵はそれを不具合だとしか認識していないのである。
第三者として見ているだけでこころがつらくなるやつだ。
「マスタァ?」
以蔵が訝しげにマスターの顔を覗きこむ。
心配そうな色を浮かべた蜂蜜色の眼が、柔くマスターを見つめている。
と、そこで。
話題の主である男の声が低く柔らかに響いた。
「以蔵さん、マスター」
「あ、龍馬さん」
白の海軍服に身を包んだ男が、緩やかな、それでいて確かな歩みでこちらに向かってやってくる。
「二人で何を話してたの?」
「…………」
「…………」
思わず、以蔵とマスターは顔を見合わせる。
さすがに本人相手に、霊基の不具合を疑ってました、とは言いがたい。
しかもその疑惑に至る理由も理由である。
その結果。
「おまんには関係ないちや」
「…………」
素っ気なくつっぱねるような以蔵の言葉に、困ったように眉尻を下げる龍馬ではあるものの、ちろりとその後マスターに向けて流される視線には探るような色合いがなかなかに強い。思わず、マスターの視線が泳ぐ。
ほらみろ。
以蔵さんが俺と内緒話してたと思って龍馬さん、気にしてるじゃないか。
これでこの執着を霊基の不具合だと思うというのはどういうことなんだ。
これだけの熱量の感情を寄せられたからこそなのか。
「…………以蔵さん、覚悟キメた方が良いと思うよ」
小声でつぶやきつつ、マスターは口の中に皿に残っていた料理をもぐりと詰め込んだ。
多少行儀悪く、もっもっも、と咀嚼しながら立ち上がる。
「俺、管制室の方に用があるんだ」
「あ、そうなの?」
「うん」
龍馬の問いにこくりとうなずく。
もちろん嘘である。
そそくさと食堂から逃げ出す間際、ちらりと振り返った先では龍馬がにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべながら以蔵の隣に腰掛けるところだった。
以蔵もそれを追い払おうとはせず、なんだかんだ龍馬が隣にいることを許しているように見える。
「以蔵さんがオトされるのに300QP」
なんてロクでもない賭けを口にしてみるが。
きっと、オトされない方に賭けるやつなどいないのだろうな、と思ってマスターは小さく笑った。
坂本龍馬の恋路に幸いあれ。
