「龍馬、ちっくとつきあえ」
それはある日のことだった。
レイシフトを終え、夕食を終え、お竜はカルデア長めの生き物の会なるよくわからない会合へと出かけていった後のことだ。
どうやら蛇やら竜やら、とりあえず長めの生き物に所以のある者だけが参加することが出来る会であるらしい。
大蛇に呪われている枠で望月千代女にも参加権があるそうなので、望めばお竜と一つの霊基を分け合う龍馬にも参加権はありそうなのだが、基本的には女性のみの集いと聞いて龍馬は遠慮することにしている。
せっかくカルデアなどという希有で愉快な場所にいられるのだ。
お竜にも、自分以外の友人や、交友関係を持って欲しいと龍馬は日々思っている。
とにかく、以蔵がスッと龍馬のもとを訪れ、強引に腕を掴んで引きずりだしたのはそんなタイミングでのことだった。
「わ、い、以蔵さん? なに、えっ、なに!?」
「えいからついてこい、面白いモン見せちゃる」
ぐいぐいずるずると以蔵は龍馬を引きずって歩く。
そんな光景はカルデアにおいてはすっかり日常になっていることもあって、誰も以蔵の暴挙を止めようとはしない。
むしろすれ違う人々のほとんどが、今日も仲睦まじくてよろしい、と言いたげな、じゃれあう仔犬でも見るような慈愛に満ちた眼差しをしているものだから、結局龍馬はずーるずーると以蔵の目的地まで引きずっていかれることになってしまった。
辿り着いたのは、シミュレーションルームだ。
そこまでやってくると、以蔵はぽいと龍馬を放り出して慣れた所作でコンソールを操り出す。
近代の装置には不慣れだとばかり思っていたものの、カルデア生活が長くなれば馴染むのもまたは早い、というのがそれまた以蔵らしい。
無骨な指先が案外器用にパネルを操り、設定を打ち込んでいく。
日々鍛錬と称してシミュレーションルームに入り浸っているようなので、他のサーヴァント、もしくは職員にでも手ほどきを受けたのかもしれない。
状況を呑み込めていない龍馬を置き去りに、ブゥオン、と空気が揺らぐ音がして、四方を囲む白い壁を上書きするようにして空間が広がっていく。
どういう仕掛けなのか、シミュレーションシステムが動き始めると、この空間は確かに室内であるはずなのに野外と変わらない無限の広がりを持つようになる。
認識を変えるために組み込まれている術式が龍馬らの認知そのものに干渉しているのだと思うのだが、視覚だけでなく、手で触れるものの質感まで得られるあたりが本当にどうなっているのかと毎回考えてしまう。
今回周囲に広がったのは、何の変哲もない草原だった。
吹き抜ける風に、草木がさわさわと揺れる音が響く。
見上げれば、青く澄んだ高い空がどこまでも広がっている。
ふわりと吹き抜けた風からも、青くさい緑の匂いがした。
とても作り物とは思えない。
そして、そんな草原の中央、ちょうど以蔵が対峙する正面にはゴーレムが一体待ち構えていた。
二人の目の前に聳えるような巨躯は、艶やかに透けるように光を弾いている。
クリスタル製のボディを持つゴーレムは、ゴーレムの中でも、高レベルに該当する個体だ。
以蔵が特に設定を付与していなければクラスはバーサーカーだが、それでもその堅い体躯には物理攻撃が通じにくい。以蔵が一人で相手にするには多少骨の折れる相手であることは間違いない。
「以蔵さん」
手伝うよ、と最後までは言わずに龍馬は腰の刀に手をかける。
が、以蔵の返事は「えいえい」という気のないものだった。
ゆるりと腰を落として抜刀の構えに入りながらも、ちらりと龍馬を振り返って片手を気のない様子で揺らす。
「えいからおまんはそこで見ちょき」
「えええ……」
どうやら以蔵は「面白いモンを見せちゃる」という言葉通り、龍馬に何かを見せるためにわざわざここまで連れてきたものらしい。
大人しく腰に伸ばしかけた手を下ろしつつも、「まずそうだったら助けに入るからね」とは一応言っておく。
龍馬のそんな言葉に、以蔵は五月蠅げに半眼で「要らんわ」などと返して、その言葉の終わるか否かのタイミングでまるでこれまでの何気ない会話が嘘のように鋭く、素早く、ゴーレムに向かって一息に距離を詰めた。
極々自然な流れで、一体どこから攻撃のための動作に入ったのか、龍馬の目から見ていてもわからないほど極々自然な不意打ちだった。
鋭い斬撃がゴーレムの臑を切りつける。
キィンと鋭い音が高らかに響いた。
傷が入ったようには見えないが、それでもゴーレムが攻撃されたと認識するには充分なダメージを与えたらしい。太い腕を持ち上げて、ゴーレムがゴオオオオオオオ、と野太い雄叫びを上げる。
無造作に振り回した腕は、子どもの癇癪のような無差別な軌道ではあるものの当たればただではすまないだろうということがその重々しい風切り音からもよくよく伝わってくる。
が、そんな工夫のない一撃を貰う以蔵ではなかった。
ひゅるりとつむじ風のようなターンを決めて、鮮やかに上空から降り注ぐ打撃を避けては、飛び上がって逆にその腕を斬りつける。
以蔵とゴーレムが接触する度に、ガン、ギン、と硬質な音が鳴り響く。
エネミーの頑丈さもあって、時間こそかかりそうではあるが、危なげのない戦闘になりそうで見守る龍馬はほっと息を吐いた。
そうすると次に気になってくるのは以蔵が龍馬に見せたがっていた「面白いもの」の正体だ。
ひたすらゴーレムを嬲り殺しにするところを見せたかった、というわけではないと思うのだが。
ふむ、と顎先を白手套に包まれた指先で撫でながら、龍馬は以蔵の戦闘の様子を注意深く眺め続ける。
どれぐらい、その戦闘が続いただろうか。
以蔵がゴーレムの股の間を潜り抜け、そのま、踏み込んだ足でざりざりと土を蹴るようにして飛び上がってその背に斬りつけた瞬間のことだ。
ガキィンッ、と今までとは少し様子の異なる音が響いた。
「ッ」
龍馬は小さく息を呑む。
以蔵の舌打ちが聞こえる。
刀が、折れたのだ。
むしろここまで持ったことの方が賞賛されるべきだろう。
以蔵ほどの使い手だからこそ、魔力を帯びたクリスタル製のゴーレムに刀で斬りつけてここまで刀身が無事だったのだ。
並の使い手であったのなら、とっくに刀は折れていた。
とん、と以蔵がバックステップでゴーレムから距離を取る。
まだそれほど魔力の消費が激しいとは思えないので、自力で新しい刀も編むことが出来るはずだが、何なら自分のを提供しても良いと、龍馬は腰の刀へと手を伸ばしかけるわけなのだが――ニチャァと悪巧みする子どものように持ち上がった以蔵の口角を目にして、ぴたりと動きを止めた。
なるほど。
きっと、ここから先が以蔵が龍馬に見せたかった「面白いもの」であるらしい。
さて、何をするつもりなのか、と弾む気持ちで龍馬は以蔵の一挙手一投足を見守る。
以蔵は、折れた刀の柄をぽいとまずは放り捨てた。
持ち主から離れたそれは、しゅおん、と軽やかな音をたてて魔力に分解されて消えていく。 それから以蔵は、その手の中に新たな刀を編み直すのではなく――その眼光は烱々と輝かせて敵を油断なく睨み吸えたまま、右の手をずぶりと己の胸の内へと沈めた。
「……ッ、以蔵さん!?」
「……じゃかあ、しいわ、黙って、見ちょれ……!」
以蔵の胸元に突っ込まれた腕は肉を穿つでなく、沈み込むようにしてその腕の先が以蔵の身体の裡へと消えている。
肉の身体ではなく、霊基に干渉しようとしているのだろう。
だが、以蔵は生前魔術の心得があったわけでなく、今だってその霊基はアサシンであり、魔術的なものへの馴染みは薄い。
いかに自分の霊基とはいえ、そのような干渉があまり良いものではないのは明らかだった。
以蔵の額には冷や汗が浮き、口元は苦痛に歪んでいる。
それでも、以蔵はずぶずぶと己の裡に沈めた指先を抜き出そうとはしない。
ずしん、と腹に響く音をたててゴーレムが以蔵へと距離を削る。
まだ、その手は以蔵へと届かない。
だが、このまま以蔵が動けずにいれば、後数歩でその距離は埋まる。
ずうん、とまた一歩地響きを立ててゴーレムが前に進む。
「ああもう、以蔵さん」
呻いて、龍馬はいつでも飛び込めるように腰の刀に手を添え、前に一歩踏み出した前傾姿勢を取った。
下手に邪魔立したならば龍馬の方が以蔵に斬られかねないが、だからといって見殺しにするつもりはない。いざというときには以蔵に恨まれるのも覚悟した上で助けに入る。
その心算で、龍馬は様子を伺う。
「……っ、ぐ、」
呻きながらも、以蔵がなおも深く己の胸内へとずぶずぶと腕を沈めていく。
そして。
やがてその口角に、苦しげながらも愉しそうな笑みが浮かんだ。
「見つけたぜよ」
勢いよく以蔵が腕を引く。
その胸の内よりまず現れたのは、黒い柄だ。
それを以蔵の手がしっかりと握りしめている。
さらに引くと、続いて黒に赤が鮮やかに散る赤飛沫塗がぬらりと滑らかな光を放って姿を現す。
ふひ、と以蔵が愉しそうに笑う声が響いた。
「肥前忠広」
呆然と、龍馬は呟く。
いつかの昔、龍馬が実家から持ち出して以蔵へと与えた刀だ。
いつかの昔、以蔵が折って、そのまま手放された刀だ。
それが今、以蔵の手の内にある。
ぜ、と疲れたように吐いた息を整えながら以蔵がすらりと鞘から刀を抜く。
以蔵が先端を欠けさせた後は短刀に作り変えられたとも言われているが、今以蔵が構える刀の刀身は傷一つなくぬめるような艶やかな光を放っており、最上大業物に恥じぬ姿を堂々と見せつけている。
カルデアでその姿を見るのは、二度目だ。
一度目は、夏の砂浜で。
魔力も尽きかけ、刀も折れた以蔵のために剣製に優れた赤い弓兵が己の魔力を元に拵えてやったのだ。
以蔵はそれを大層喜び、その後もなんとか弓兵の拵えた肥前忠広をそのまま残せないかと苦心していたわけだが――これが、その答えだ。
本来、他人の魔力で編まれた刀を以蔵がそのまま保持し続けるのは難しい。
それを以蔵は己の裡に取り込み、霊基に馴染ませ、自分のものにしようとしたのだ。
魔術師であれば、そう難易度の高いことではないだろう。
あの赤い弓兵は大層人が良い。
魔力の置き換えに失敗して刀を折ってしまったとしても、礼儀を尽くして頼めば何度でも協力してくれたはずだ。
だが、以蔵は魔術師ではない。
魔術の心得などないままに、アサシンクラスとして現界するサーヴァントだ。
その以蔵が、こうして己の霊基に干渉し、他人の魔力で編まれた異物を取り込むまでにはどれほどの努力が要ったことだろう。
どれほどの、苦痛に耐えたのか。
痛みを嫌うあの以蔵が。
まぶしいものを見るように目を細めた龍馬の視線の先で、以蔵が得意げに笑う。
そして、強く、強く、肥前の柄を握り。
「お初にお目にかかりますゥ、じゃあ、」
たんッ、と鋭い踏み込みは隼のよう。
するすると地を駆け、のろまのゴーレムの背後へとまわり、
「死ね」
するりと抵抗などないかのように差し込まれた鋭い切っ先は、狙い過たずゴーレムの核を貫き、粉砕した。
パァンッと堅いものが砕け散る音が響いて、あたりに飛び散ったゴーレムの破片がしゅおしゅおと魔力に分解されて消えていく。
そんな草原の真ん中で、以蔵は大変機嫌良さそうににっかりと笑った。
「りょぉま!! 見ちょったか!!!」
右手に握りしめたままの肥前を振り上げ、以蔵はどうじゃと自慢そうにぶんぶんと手を振る。
それはまるで、いつかの昔、大きな魚を釣り上げては真っ先に龍馬に見せてやろうと駆けつけてくれた小さな子どもと変わらぬ無邪気さで、誇らしげな笑みで。
なんだか目頭がじんわりと熱くなるのを感じながら、龍馬は腰の刀に添えていた手を解いて、双眸を細めて、やっぱりいつかの泣きみその子どものように笑った。
「さっすが以蔵さんじゃ!!」
「うはははは、わしは天才やき!!」
「しょうまっこと剣の天才じゃ、以蔵さんはほんにすごいおひとじゃにゃあ!」
「そうじゃろうそうじゃろう! これでな、どんな敵が出てきてもわしが肥前でずばッと斬っちゃるきにな!」
「頼りにしてるぜよ、以蔵さん」
「任しちょけ!」
子どもの頃のように、お互い顔を寄せ合って、笑って。
そのまま肩をくんで、上機嫌に笑いながら食堂へと赴き、協力者たるエミヤへと首尾の報告をしたならば目論見ごとの成功を知った弓兵より祝いの酒をいくらかと、上等のつまみを少々都合してもらうなどし、二人はそのまま上機嫌に宴会へともつれ込んだのだった。
ある夜の話だ。
