カルデアは、静かで賑やかだ。
音のすべてを飲み込むような雪に囲まれ、どこもかしこも外の雪と同じ色をしてひやりと冷たい壁と床に囲まれて、どこまでも無機質に静かであると同時に、無数の人や英霊たちの鮮やかな人柄を内包して賑やかな喧噪に満ちている。
今日も、雪に閉ざされた真白のカルデアでは賑やかな催しが始まろうとしていた。
言い出しっぺはマスターだ。
ふと、カレンダーを見たマスターがぽつりとつぶやいたのだ。
「そろそろお花見の季節だね」
と。
ならばお花見だ。
一心不乱のお花見だ。
そんなわけで、花など咲かぬはずのカルデアにて、花見が行われることになったのだ。
花を担当したのは当然のごとく、花の魔術師なんて異名を誇るマーリンだ。
うっすらと色づいた桃色の花が、カルデアの床に、窓に、壁に、ふわふわと咲き誇っては花弁を散らしていく。
レイシフトをしたならば、もっといかにもお花見らしいお花見をすることだってできただろう。
けれど、なんとなく。
普段真白に彩られたカルデアにこそ、春の息吹を吹き込んでみたいような気持になったのだ。
マーリンの咲かせる花だけではまだ物足りないと、ジャンヌダルクオルタサンタリリィやジャック、ナーサリーが折り紙で作った色とりどりの花飾りも、ぺたりぺたりとあちこちに貼り付けられて、白の世界が鮮やかに色づいていく。
日頃は鍛錬や研究にと、空いた時間も自己研鑽や趣味に忙しくしているカルデアの英霊たちも、今日ばかりはその口元をほころばせてつかの間の春を堪能している。
食堂ではカルデアキッチン組が腕によりをかけて花見弁当を拵えている真っ只中だ。
そんな中、龍馬と以蔵はといえばある程度の手伝いを終えてすでに半分始まりつつある酒宴の席へと向かっててくてくと廊下を歩いていた。
先ほどまでは屏風を運んで宴の席を整えたり、秘蔵の酒コレクションを放出したりとこまこま忙しくしていて、ようやく一息ついたところなのだ。
重ねたおちょこに、銚子をもっていそいそと宴会に向かっているのは龍馬で、その傍らを歩く以蔵はと言えば、食堂で野菜をこれでもかとばかりに切り刻む下拵えを手伝った褒美とばかりに一足早くエミヤから貰った団子の串をもちもちと食しながら歩いている。
と、そこで。
「以蔵さぁん! ごめんね、ちょっと手伝ってほしいんだけど、今大丈夫!?」
なんてマスターの声が響いた。
何か、以蔵の手を借りたい事案が起こっているらしい。
以蔵は、ちらりと自分の手元を見る。
齧りかけの花見団子の串が、以蔵の手の中にはある。
僕が預かろうか、と龍馬は言いかけるものの、そんな龍馬の手も銚子と猪口とで現在塞がっている。どこか一度荷物を下ろせそうなところは、と龍馬が視線を巡らせたところで、以蔵は本当に何気なく、当たり前のように、
「龍馬、ちっくと預かっちょき」
なんて言いながら、無造作に手にしていた団子を龍馬の口に突っ込んだ。
「ンむぐ」
不意打ちの団子に、龍馬がもごもごとしている間に以蔵はさっさとマスターの方へと向かっていってしまう。
後には廊下にて、団子を咥えて片手に猪口、片手に銚子を持った龍馬だけが残される。
いつもは白く整い無機質な廊下にも、今日ばかりは色とりどりの花が雑多なまでに溢れている。これは後片付けが大変そうだなあ、なんて思いながらも、龍馬の目元は柔らかく笑みの形に垂れたままだ。
カルデアのあちこちからは、春を楽しむ人々の賑やかな声が響いている。
きっと、こんなところで団子を咥えて立ち尽くしている龍馬の姿も、全力で春を楽しむ一人にしか見えないのだろう。
しばらく待っていると、とととと、と軽やかな足音を響かせて以蔵が戻ってきた。
「ン」
と差し出す龍馬の口元に手をやり、以蔵が団子の串を引き抜こうとして。
「駄賃に一個やる」
なんて言われたものだから、お言葉に甘えて団子の一番てっぺんの一つをそのままもぐりといただくことにした。
もちもちと柔らかな団子からも、ほんのりと花の香がする。
龍馬の口から引き抜かれた団子の串を、ぱくりと以蔵が頬張る。
なんだか、こんなのは子どもの頃以来のような気がして、じんわりと龍馬の胸が温かくなる。
「春だねえ」
ぽつりとしみじみ呟いた龍馬に、以蔵も「おん」と頷いた。
