たぐってつなぐ

 それは、瞬きの間に起きたことだった。
 斬り捨てたエネミーの脇を擦り抜けた先に、まるで魔法のように突如また別のエネミーが現れたのだ。
 否、魔法でもなんでもない。
 単なる以蔵の手落ちだ。
 大型のエネミーの気配に溶け込むようにしてその背後に潜んでいた一際小柄な存在を以蔵は見落としていただけにすぎない。
 振りぬいた刀を引き戻す動が間に合わない。
 一撃は、受けざるを得ないと瞬時に判断して、ぐぅと奥歯を強く噛みしめる。
 以蔵は、痛みを嫌う。
 だが痛みよりもなお嫌うのは、己が鈍らになることだ。
 この一撃で、どれほどのダメージを受けることになるだろうか。
 敵を最後まで打ち取ることもできず、おめおめと引き下がるなど認められない。
 それは厭だった。
 役に立ちたい。
 役に立って、己の価値を示さねば、以蔵はまた居場所を失ってしまうかもしれない。
 今のマスターは以蔵のことを己の振るう力という以上に認めてくれている。
 他にも立派な英霊が多くいる中、あの青年は奇特にも以蔵に興味を示し、大事にしてくれているのだ。
 そのマスターの役に立ちたかった。
 その寵を失いたくはなかった。
 いつもきらきらと眩しいものでも見るような目で以蔵を見てくれていた青年が、失望の眼差しで以蔵を見るところなど想像もしたくない。
 だから、以蔵は自らの価値を証明し続けなければならない。
 強くて頼りになる彼の刀なのだということを、示し続けなければならない。
 なればこそ、こんなところで敵を討ち漏らすわけにはいかなかった。
 小型の鎧武者が軋むような音を上げて刀を振り上げる。
 当たるのはもう、避けられない。
 受けるのも、間に合わない。
 それならば。
 
「ッらァ!!」

 吠えながら、以蔵は刀を握るのとは逆の腕を振りかざして―――素手で、その一太刀を受けた。
 剣たこのある固く厚い掌とはいえ所詮は人の肉だ。
 ずぶりとめり込んだ薄い刃はやすやすと肉を裂き、以蔵の掌の骨を砕き、そのまま肘まで進んだところでようやく、止まる。
 止まる。
 止まった。

「ひひ……っ」

 以蔵の口角がくぅと持ち上がる。
 狂気の滲む笑みだ。
 月の色をした双眸が狂暴な赤みを帯びて爛と燃える。

「なんじゃあ……、もうえいんか?」

 わらう。
 腕一本潰されようが、代わりに以蔵は相手の武器を奪ってやった。
 それに、以蔵にはまだもう一本腕が残っている。
 隼のようだと謳われた自慢の足も、残されている。
 それならば、この勝負、以蔵の勝ちだ。
 ちゃんと、殺せる。

「往生せえや……ッ、天ッ誅……!!!」

 気合一閃、たとえ刀を握るのが利き手一本であろうが、変わらず冴え渡った以蔵の刀が、武器を失い狼狽したように蹈鞴を踏んだ鎧武者の頭をぱっくりとかち割った。
 

 □■□

 なんであんな無茶をしたのとさんざん叱られたあと、結局カルデアの医療室送りにされた以蔵である。
 以蔵が恐れていたような失望の眼差しをかの青年が以蔵に向けるようなことはなく、それどころか泣き出しそうな子どものような顔と声で、お願いだから無理も無茶もしないでくれ、などと言い募られてしまった。
 そんな風に、まるで生きている人間にするかのような思いやりを向けられると、以蔵の心の底がほんのりと温かくなる。
 捨てられるのは怖い。
 価値のないものだと判じられるのも怖い。
 けれど、こんな風に裏のないまっすぐな心配を向けられる心地よさもまた、以蔵が無理や無茶をする原因の一つになっているのかもしれなかった。
 ようやく傷が癒え、動くようになった手を左手の指先をわきわきと握ったり開いたりとしてみる。
 魔力で構成されたこの身体は、例え酷い怪我をしたとしても、霊基さえ無事であれば後遺症を負うこともなくこうして見事に完治する。

「……で、どういて龍馬、おまんがここにいるがじゃ」

 そこで以蔵はようやく顔をあげて、どこか顔色を悪くしたままそんな以蔵の前に立つ古馴染みの男へと目を向けた。
 以蔵が医療室送りにされからしばらくして、血相を変えて駆けつけてきたのだ。
 おそらくは、マスターにでも以蔵が怪我をしたと聞かされたのだろう。

「……あのねえ、以蔵さん」
「なんじゃ」
「あの場において、以蔵さんが無理をする必要はなかったはずだ」
「……はァ?」
「以蔵さんの他にもマスターに同行しているサーヴァントはいたし、あそこで一度身を引いて、態勢を立て直してでも逃す心配はなかったはずだろう。以蔵さんが、あそこまで無茶をする必要はなかった」
「…………そこにおらんかったやつが何を知った風に」
「戦闘の様子、記録を見せてもらった」

 ち、と以蔵は舌打ちをして視線を逸らす。
 それから上目遣いに龍馬を見上げて、ひひ、と引き攣るように嗤った。

「……わしは、頭が悪いきにな。おまんが言うような戦況も読めんがじゃ」

 そう。
 以蔵は頭が悪い。
 頭が悪いから引き際を誤り、無茶をした。
 そういうことにしておけば良い。
 こういう卑屈なふるまいをこの男が嫌うのは知った上でのことだ。
 つまりは単純に、嫌がらせだ。
 小言を言われた仕返しに、嫌がらせをしてやっただけのことだ。
 悔しそうに口元をへの字にしている男ににんまりと笑って、以蔵はその場を後にしようとする。
 もう、怪我は治ったのだ。
 こんな消毒薬くさい部屋にいつまでもいる必要はない。
 立ち尽くす男の脇をすり抜けて去ろうとしたところで、するりと。
 何か柔らかで滑らかなものが以蔵の手指に絡みついた。
 引き止められて、足を止める。

「なんじゃあ」

 不機嫌を隠そうともせずに、以蔵は振り返って男を睨み付ける。
 ぱっくりと断ち割られ、白い骨すら見せていた傷口が塞がったばかりの以蔵の手指に、男の白手套に包まれた手指が絡みついていた。
 互いの指の間にしっかりと指を挟みこむような、絶対に逃がさんぞ、という強い意志を感じるような捕らえ方だ。

「…………何しゆう」
「そりゃあ、罰だよ」
「罰ぅ?」

 胡散臭そうに眉根を寄せた以蔵に対して、龍馬は先ほどまでの不満そうな面持ちが嘘のように、にこやかに言葉を続ける。

「そう、罰。マスターにね、頼まれたんだ」
「……何をじゃ」

 マスターに頼まれた、というのは聞き捨てならなかった。
 この男がマスターの頼みを聞き、その代わりとなって動いているのならば、この男のなすことはマスターの意図に添っている、ということになる。
 それを無碍にすることは出来ない。
 渋々と以蔵は足を止めて、龍馬へと向き直る。

「以蔵さん、ぼくを嫌っているでしょう」
「おん」

 即答で頷けば、男はむうと唇を不満そうにとがらせる。
 が、そんなのもすぐにまた柔らかな笑みの下に溶けた。

「だからね、以蔵さんが無茶をした罰として」
「罰としてなんじゃ」
「僕と今日一日手を繋いでろ、だって」
「ハアアアアアアア????」

 素っ頓狂な声が漏れる。

「それが罰なんか」
「罰だって」

 すり、とすべらかな上等の布の感触が、先ほどまで血を噴き、汚れていた以蔵の手を包みこむ。
 暖かな男の体温が布越しに柔らかに伝わってくる。
 まるで、以蔵の怪我が本当に癒えたのかを確かめるように、その手になんの後遺症も残っていないのを確かめるように、指先がすり、すりり、と以蔵の掌を撫で、手指を擦り、またしっかりと絡めとられる。
 
「ちなみに、無理に以蔵さんが僕を振り切って逃げたりなんかした場合には、マスターは令呪を使うのも辞さないとのことだから」
「辞せや……!」

 絶対命令の行使権の使いどころを、あの青年は確実に間違えている。
 ぐうぐうと唸る以蔵に、龍馬はまあまあもう諦めて、と宥めるように穏やかに笑う。
 放っておけば歪んだ思い込み故に、いともたやすく己の命すら賭けて死地に突っ込んでいってしまいそうな古馴染みを引き留めるように、ぐ、としっかりとその手指を絡めて、手繰って。

 

 

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