「おうおう、悪いもんがこじゃんとたまりよって」
最近自殺者が多発しているという廃ビルの手前、長く癖のある黒髪を無造作に肩に流した男が言う。
灰のシャツに、黒のベストにスラックス。
日に焼けた肌と合いまり全体的に色味の暗い、闇に溶け込みそうな男だ。
その双眸だけが月の色合いに淡く燃えている。
「以蔵さん、見えるの?」
「うんにゃ、見えはせん。やき、これだけ邪気が濃いと厭でもわかりゆう」
「あー・・・・・・そうだねえ、ここまで来ると、ね」
はは、とそんな男の傍らで困ったように眉尻を下げて笑うのは、対照的な男だ。
白のスラックスに爽やかな濃い蒼のシャツ。
日向の匂いのする男だ。
人懐こい表情を浮かべがちのその顔には、今は困ったような色が乗っている。
それもそのはずだ。
男の柔らかく垂れた双黒の双眸には、どろどろと渦巻くグロテスクなバケモノのような肉塊が映っているのだから。
それはたくさんの人間のパーツをぐちゃぐちゃに潰し、混ぜこみ、子どもの落書きのように無造作に繋げたようなおぞましい姿をしていた。
時折触手めいて肉色の腕がぬらりと伸びては、何か生きた気配を探してのたのたと周辺を探る。
最近ここらで多発している事故や自殺の原因はそれだ。
悪いものに、障りに触れてしまったが故に正気を失い、命までをも失う羽目になってしまうのだ。
坂本探偵事務所に、なんとかしてほしいとの依頼がきたのは数日前のこと。
この近くで事故にあったこどもが未だ目覚めないのだと、母親だという女は色を失った顔で訥々と語った。
外傷はほぼ癒えた。
命に関わるような怪我ではなかった。
けれど、子どもは目覚めなかった。
人のものとは思えぬような、獣めいたうなり声をあげて幾日も悪夢に魘されるばかりで、その子どもは幾日たっても目覚めることはなかった。
そこで母親は、妙な噂を頼ろうと思ったのだ。
人の仕業とは思えぬような不可思議を解決するという、坂本探偵事務所を。
それは、間違いなく正解だった。
探偵事務所とは名ばかり、人の営みから生まれる暗く澱んだ穢れこそを斬り捨てることが、坂本探偵事務所の本業めいている。
「龍馬、刀借りるぜよ」
「うん」
以蔵は隣に立つ龍馬の腰をぐいと抱き寄せると、その胸元へと無造作に腕を突っ込む。
その腕がずるりと龍馬のシャツの胸元へと沈み込み――
「ッ、優しくしてよ以蔵さん」
「薄気味悪いことをいいなや、ぼけェ」
乱暴に”なか”にあるものを探り、引きずりだそうとする手に龍馬は眉を寄せて抗議の言葉を口にした。
が、軽やかなそれは苦情というよりも軽口に近く、それに応じる男の言葉もどこまでも軽い。
く、と軽く喉をそらした龍馬の胸の内より、以蔵はずるりと一振りの日本刀を引きずり出す。
まさしく妖刀という名にふさわしいぬらりとした光を帯びる刀の刃紋にはうっすらと蛇の鱗のような模様が散っている。
大昔より龍馬の一族を守護する蛇神が授けたという妖刀は、本来ならその持ち主である龍馬が振るうべきものだ。
実際、龍馬にはそれだけの腕もある。
だが、龍馬はその妖刀を自らで振るうのではなく、自らの信じたものに託すことを選んだ。
龍馬の幼馴染みには、困った体質があるのだ。
悪いモノを寄せ、悪いものに好かれる。
こうして以蔵は龍馬の内に在る妖刀を振るうことにより、自らの裡に蟠る穢れをも振り切っている。
龍馬はそうやって、己の執着の対象を生かし続けている。
以蔵本人は、龍馬の仕事を手伝ってやっている、ぐらいにしか思っていないのだろうけど。
「行くぜよ、お竜!」
「まぁたオマエか、クソ雑魚ナメクジ!」
厭そうな女の声が響き、刀を構えた以蔵の背後にセーラー服を着た少女の姿がうっすらと浮かび上がる。
刀の守護者であり、龍馬の一族に刀を授けた張本人でもある蛇神だ。
本来は黒く輝く美しい鱗を持つ大蛇の姿をしているのだが、こうして姿を現す際には女学生の姿をしていることが多い。
「お竜さんはリョーマに使われたいのに」
「まあまあそう言わずにね。以蔵さんを手伝ってあげてよ」
「リョーマがそれを望むのか?」
「うん」
「なら仕方ない。お竜さんはいい女だからな。我が儘の一つや二つ、聞いてやる度量を見せてやる」
「ほたえなや、しゃんしゃん行くぜよ!」
「おう!」
以蔵が刀を構え、一息に肉塊めいた妖へと肉薄する。
ざっぷと肉を薙ぐ白刃。
そこからぼろぼろと崩れ、溢れる黒い妖気をごぶりとお竜が飲み干していく。
それはまるで刀を使った古の蛇神に捧げられる舞にも似て。
うつくしい剣のひらめきが月をはじいて闇夜にきらきらと光った。
