坂本龍馬と岡田以上が同居以上同棲未満の生活を始めてしばらくが過ぎた。
最初は何か特別だった二人暮らしが、しっくりとハマった日常に変わってからしばらく。
二人の朝は、大抵穏やかに賑やかだ。
「龍馬、朝やぞ!しゃんしゃん起きぃ!」
「……、ぁと、ごふん……」
「朝餉が出来ゆうぞ!」
「……、……」
ついには返事が返ってこなくなった。
ドアの前からでは埒があかないと一息ついて、以蔵は一言入るぞと声をかけてからバァンと大きくドアを開け放つ。
まるで以蔵の来襲に備えるかのように、もぞ、もぞぞ、と布団の中に潜り込んでいく図体のでかい男を見下ろして、以蔵は小さくため息をつく。
昔から寝汚さには定評のあった男だが、大人になってもそれは改善されることがなかったらしい。
「置きんかこのごくどうもん!」
大声で怒鳴りながら、以蔵はばりッと勢いよく布団を引っぺがす。
未だ眠たげにいつもは涼やかな目元をしょぼつかせ、龍馬はすんすんと哀れっぽく鼻を鳴らす。
とんでもなく酷いことされました、というような被害者ムーブはさすがのナチュラルボーン末っ子である。
だが、以蔵とて生まれてこの方伊達に長男をしてきたわけではないのだ。
未だ布団の上ででかでかとしたダンゴムシになっている男に背を向けて、以蔵は勢いよくシャッとカーテンを開く。
白々とした朝の光が目を刺したのか、背後で、う、う、う、と苦しむような声が漏れた。
おまんは吸血鬼かなんかか、というツッコミの代わりに呆れた息を吐きながら、それでもなお日の光から逃れるように丸くなる古なじみの背を容赦なく足蹴にする。
げしげしと布団の上を転がして、最終的にはベッドから落とす。
ぼてんと床に落ちて、男はようやくむくりと身体を起こした。
眠たくて眠たくて仕方ないという面持ちは、表情を作る余裕すらないからかいつにないほどに荒んだ凶相にも見えてレアだ。
日頃の穏やかに眉尻を下げて常に口元を柔く笑ませているような顔しか知らぬ連中に見せてやりたいなどと思ってしまう。
おまんらが王子様らぁて言いゆう男は寝起き最悪やぞ、だとかなんとか。
「…………、顔」
「おん」
ゆらぁりと幽鬼のような面持ちで呟いて、男がふらふらと立ち上がってよたよたと部屋を出て行く。
ちなみに「顔」というのは「顔を洗いに行く」との意である。
寝起きの坂本龍馬は、日頃は大活躍するその弁舌も死亡気味だ。
これで朝の一大イベント、坂本龍馬を起こすというミッションもクリアである。
以蔵はふうと一息ついてキッチンへと向かいかけて――――はッとした。
洗面所が、妙に、静かだ。
顔を洗いにいったはずなのに、水音一つしないというのはどういうことなのか。
「――…」
つかつかつかつかつか、と洗面所へと向かう。
「おい、龍馬」
あえて、怒鳴るわけではない声量でそっと声をかけてみる。
龍馬が起きているのなら。
本当に顔を洗い、支度を調え始めているのならば、何かしら反応があってもおかしくない程度の声だ。
で、あるならば。
その呼びかけに反応がない、ということは。
「~~~ッ、起きんかこンばぁたれ!!!!!」
以蔵の罵声が炸裂した。
ついでに、洗面所のドアも蝶番ごと外された。
坂本・岡田家においては日常茶飯事の範囲内のことである。
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「それじゃあ、いってくるね」
「おん。気ぃつけてな」
薄く青みがかったシャツにボルドーのタイをきっちりと絞め、三つ揃いのスーツをかっきりと着こなした男が艶やかな革靴につま先を押し込めながら出がけの挨拶を口にする。
ほんの数十分前まで、便座に座って寝汚く二度寝をキメていた男と同一人物とはとてもじゃないが思えない仕上がり具合である。
まさに仕事の出来るエリートサラリーマンといった風情にて、男は爽やかに笑って玄関を抜けていく。
「ああ、龍馬」
「なあに、以蔵さん」
「ついでじゃ、ゴミ、出しとおせ」
「ああ、うん、ごめん忘れるところだった」
仕事の出来るエリートサラリーマンが、ひょいとゴミの袋を指先にひっかける。
とたんに滲み出る生活感に、ふ、と以蔵の口の端に笑みが乗る。
「以蔵さん?」
「なんでもないき、さっさと行き」
「うん、それじゃあまた夜に」
「おん」
そうして、見送りを終えたところで、岡田以蔵の慌ただしい朝の時間が終わるのだった。
