おにぎりたべたい

「以蔵さぁん……」

 へろへろと帰宅して、坂本龍馬は情けない声音で呻いた。
 いつもなら龍馬は仕事が終わったらまっすぐに帰宅する。
 何故ならば押して押して押して押して押しまくってようやく手に入れた恋人が自宅で夕飯を作って待ってくれているからだ。
 仕事が終わるや否やまっすぐに直帰してくる龍馬に、恋人は半ば呆れたように「わしの手料理なんぞそんなえいもんがか」なんて言うが、フンと小さく鼻を鳴らしてまんざらでもなさそうに笑っていたのを龍馬はちゃんと知っている。
 だから、龍馬は仕事が終わったら毎日そそくさと帰路につく。
 早く恋人に会いたくて、恋人の作った手料理が食べたくて。
 それなのに、本日はどうしても逃げられない呑みが発生してしまったのである。急な取引先の誘いを、どうしても断ることが出来なかったのだ。
 そんなわけで、本日は午前様である。
 もちろん飲みに出る前にはしっかり連絡をしたし、恋人の方も別段怒ることもなく、「おんおん、たまには外で飲むのえいじゃろ。楽しんでき」なんて送り出すメッセージをくれた。
 取引先の人々は龍馬をもてなす心づもりで良い店を手配し、美味しいものをたくさん食べさせてくれた―――のだと思う。
 だけれども、今いち龍馬にはその味がわからなかった。
 もちろん社会人としてにこにこ笑って、美味しい美味しいと喜んでは見せたのだけれども。

「以蔵さぁああん」
「何じゃあ」

 玄関をくぐるや否や、出迎えてくれた恋人に向かって腕を広げてぐでぐでと懐きに向かう。
 そんないかにも酔っ払いという風情の龍馬を、以蔵は呆れたように眉を寄せつつもしっかりと背中に腕を回して抱き留めてくれた。

「以蔵さぁん……」
「だから何じゃ」

 ぐりすりと以蔵の首筋に鼻先を擦り付ける。
 ぽんぽん、と宥めるように背中を叩いてくれる手にくふんと小さく笑う。

「以蔵さんのごはんがたべたい……」
「はあ? こじゃんと美味いもんを喰ってきたんじゃないんか」
「食べてきたけど……以蔵さんのごはんがたべたい……」
「もう飯なんぞないがぞ」
「なんでえ!」

 思わず悲鳴のような声が出る。
 龍馬は食べていないのに。
 龍馬の分が残っていないというのはどういうことなのか。

「おまんが外で済ますち言っちょったき、今夜はカップ麺で済ませた」
「ひどい……ひどい……」

 うっう、と啜り泣く。
 最初は泣きまねのつもりだったのに、なんだか本当に泣けてきてしまった龍馬だ。

「……おまんはほんに情けない男じゃのう」
「以蔵さんのごはん……」
「……にぎり飯ぐらいしか作れんぞ」
「つくって」
「おん」

 まったく仕方のないやつじゃ、なんてぼやきながら。
 背中に貼り付いて離れない男をずーりずーりと引きずるようにしてキッチンに向かいながら、以蔵はこっそりと口元を柔く緩めた。