以蔵さんが無双する話

 それは、二人がとあるバラエティ番組に出演したときのことだ。
 その番組では男性アイドルグループが五人で司会を務めており、メンバーとゲストが様々な方法で勝負をしては、ゲスト側が勝った分だけ番組の最後に宣伝時間を確保できるというのが仕様になっている。
 勝負の内容は多岐にわたり、ゲストによって変わる。
 龍馬と以蔵に申し込まれた勝負の内容は、ずばり、サバイバル鬼ごっこだった。
 五人組のアイドルのうちの四人VS龍馬&以蔵の変則鬼ごっこだ。
 場所は、廃病院を改装したのだというサバイバルゲーム施設。
 アイドルグループ四人にはそれぞれ地図、鍵の位置のヒント、武器がそれぞれ与えられており、地図には赤々と出口に印がつけられている。
 彼らの目標は、施設内からの脱出だ。
 施設内に隠されている鍵を見つけて、脱出できれば彼らの勝ちだ。
 それぞれ通信機を持った状態で別々の場所からスタートし、合流するもよし、単独でゴールを出口を目指すも良し、脱出方法に縛りはない。
 一方、龍馬と以蔵の目標はそんな彼らの捕獲である。
 鬼ごっこにおける鬼だ。
 必ずしも全員を捕まえる必要はなく、捕まえた人数×20秒、宣伝時間が貰えるようになっている。
 二人のうち一人はナビゲーター役だ。
 施設内に張り巡らされたカメラを目とし、実働役となった相棒に指示を与え、逃げるメンバーを協力して仕留めていくことになる。
 両陣営ともに与えられる武器はペイント銃だ。
 サバイバルゲームにおいて『ダウン』とみなされるダメージを相手に与えることが出来れば、逃げる側であれば『捕獲』という態になるし、逆に鬼のほうが撃たれてしまった場合は、ダメージに準じてその場でしばらく動きを止めなければいけない。
 ルール説明を聞いて、龍馬と以蔵はちらりと視線を交わし合う。

「以蔵さん、どっちがいい?」
「そりゃあ、実働役じゃな」
「だと思った」

 役割分担はあっさりと決まった。
 龍馬がカメラを担当し、以蔵が鬼だ。
 ペイント弾を使うこともあり、逃げるメンバー四人と以蔵がそれぞれ着替えた後スタート位置につく。
 アイドルグループのうち一人は龍馬の傍らについての実況役だ。
 
「坂本さん、自信のほどは?」
「うーん、どうかな。こういうのって意外とやったことがないんだよね」

 龍馬はさすりと顎先を撫でる。
 カルデアに所属していた英霊時代、以蔵と共闘をする場面は多かったが、こうした俯瞰の位置から指示を出すことはあまりなかったように思う。
 どちらかというと上空から戦況を見渡すのはお竜の役割だ。
 龍馬の眼前には複数のモニターが施設内の様子を映し出しており、手元のコンソールでカメラを切り替えることが出来るようになっている。
 ゲーム開始前ということもあり、今はまだ画面には何も映像は映っていない。

「そろそろあちらも準備出来たでしょうか。坂本さんも用意をお願いします」
「了解」

 手元にあったヘッドセットを身に着ける。
 これを通して龍馬は以蔵と通信することが出来るのだ。
 その音声は番組全体を撮っているカメラには収録されるものの、逃走中のメンバーには聞こえないようになっている。
 もちろん、逆もそうだ。
 逃げる側のメンバーたちのやり取りは、龍馬や以蔵には聞こえないようになっている。
 以蔵たちがスタート位置についたのか、じじっ、と小さくノイズが走る音がしてヘッドセットに電源が入る。

『……龍馬、聞こえゆうか』
「聞こえているよ」

 ヴン、と起動音をあげて、龍馬の目の前のモニターにも光が灯る。
 監視カメラらしく単色でああるが、映像自体はクリアだ。
 幾つかの画面には、きょろきょろと周囲を見渡す逃亡者たちの様子も映っている。

「なるほど、こういう感じなんだね」

 ぱちり。
 ぱちり、ぱちり、ぱちり。
 手元のボタンを操作して、龍馬は次々とカメラを切り替えていく。
 そのうちメインカメラに以蔵の姿も映った。
 以蔵はどうやら個室の中にいるらしい。
 壁の一面はガラス張りになっており、その向こうには何やら大きな機械が置いてある。
 CTスキャンを撮るためのものだ。
 それらしいハリボテか、もしくは壊れて使えなくなったものをセットとして流用しているのだろう。
 地図へと視線を落として、以蔵の現在位置を確認する。
 建物の作りは全体的にみると漢字の「日」を横に倒したような形に近い。
 二棟の建物が、両端と真ん中でそれぞれ繋がっているのだ。
 真ん中のほうは通路というよりも広めのロビーになっており、病院として現役だったころには待合室兼患者たちの憩いの場として利用されていたようだ。
 以蔵が現在いるのは、南棟の検査室が並ぶあたりだ。
 続いて出口を確認しようとしたところで、ちょっとちょっとちょっと、と実況役に止められてしまった。

「坂本さん、まだですよ! まだ始まってませんから!」
「あ。ごめんごめん、つい先走っちゃったね」

 眉尻を下げて、龍馬はコンソールに触れていた手をぱっと上げる。
 そういえばまだスタートの声はかかっていなかった。

「さて、みんなも用意はできたかなー? ……よし、OK。それじゃあ、告知タイムを賭けた真剣勝負、いってみましょう! 用意……スタート!」

 改めて実況役がゲーム開始を告げると同時に、龍馬はふ、と短く呼気を逃す。
 以蔵は地図を持っていない。
 龍馬の声を頼りに、以蔵は獲物を狩るのだ。
 以蔵が本来の力を発揮出来るかどうかは、龍馬にかかっている。
 カメラをぱちぱちと切り替えて出口の確認をする。
 二棟の中央にあるロビーには正式な玄関があるが、今回脱出に使われるのはそちらではなく非常口だ。

「以蔵さん」
『なんじゃ』
「まずはこの建物全体の造りを説明するね」
『おん』

 メインカメラでとらえた以蔵は、まずは置かれている環境を把握すべく足を止めて龍馬の説明に耳を傾けている。
 何もわからないまま無暗矢鱈に動いても仕方がないことがわかっているのだ。

「この建物は平行に並んだ二棟の建物がそれぞれ両端と中央がつながった形をしている。で、仮に上の方を北棟、下の方を南棟と呼ぶことにするね。いいかい?」
『わかった』
「今以蔵さんがいるのは南棟だ。そこからだと……そうだね、右端の連絡通路が近いかな。で、次に出口なんだけれども、出口は北棟にある。北棟の廊下の左端に非常口があって、そこが脱出口になってるよ」
『で、連中は今どこにおる』
「ちょっと待っててくれ」

 龍馬はカメラをいくつか切り替え、逃亡者たちの姿を探していく。
 
「中央ロビーに一人、北棟の廊下に一人、ああ、近くに一人いるね。右端の連絡通路に一人。仲間と合流しようとしてるのかな、北棟に向かって移動中だ」
『一人足らんぞ』
「うーん……もう一人はカメラに映る位置にはいないみたいだ。とりあえずその近くにいる一人を先に仕留めたらどうだろう」
『わかったちや』
 
 以蔵が動きだす。
 メインカメラの視界から以蔵が外れるのを見届けたのち、龍馬はメインカメラに右端の連絡通路を映し出す。
 逃亡者の一人が北棟へと到達する。
 カメラを北棟の廊下へと切り替える。

「以蔵さん、ターゲットは北棟に逃げ込んだ」
『そんまま追っちょれよ!』
「はいはい」

 サブカメラに映した以蔵は、すでに連絡通路を渡り終えるところだ。
 そろそろ以蔵の肉眼でもターゲットの背中を視認できることだろう。

『見えたッ!』
「そいじゃあぼくはカメラ切り替えて他のターゲットを見てきてもいいかい?」
『おう、次の獲物ば見繕っちょけ』

 声だけでも獰猛な気配を滲ませた以蔵に、龍馬は以蔵さん愉しそうだなぁ、なんて口の端に笑みを浮かべて一度通信を止める。
 言われた通りにカメラを操作し、次のターゲットの確認をしようとしたところで、ぽかんと目を丸くしてこちらを見つめる実況役の姿に気づいた。

「あ……あれ? どうかした?」
「ど、どうかしたって。坂本さんと岡田さん、なんか異様に手慣れてません……?」
「エッ」

 うわあ、というような視線を向けられて、龍馬は困ったように眉尻を下げる。

「地形の説明とか、追跡のやりとりとか……なんだかプロみたいです。いや、なんのプロなんだよ、て話なんですけど」
「あ、あははは。ええと、その。ゲーム! そう、ゲーム! 僕も以蔵さんもこういうゲーム結構好きでね。それで慣れてるのかも」
「ああ、最近はそういう対人ゲームも多いですもんね」
「うんうん。おおっと、ちゃんとモニター見てないと以蔵さんにドヤされちゃうや」

 あはは、と笑って誤魔化して、龍馬は視線をモニターへと戻す。
 そろそろ以蔵は最初の一人を捕まえた頃だろうか、と思うものの。

「……?」

 以蔵はどうやら未だ最初の一人を捕まえるのに手こずっているものらしい。
 何を一体と思って確認して、龍馬は思わず「ああ」と声をあげてしまった。
 今回のゲームにおいて、攻撃は銃によるものしか認められていない。
 ペイント弾を相手に当てることにより、ダメージが計算され、捕まえることができるのだ。以蔵はどうやらターゲットの一人を追い込んでこそいるものの、そのペイント弾を上手く当てきれずに手間取っているらしかった。

「以蔵さん、銃はあんまり使ってないもんなァ」

 かつて一度目の生においても、銃を手にしたことはあったようだが、もっぱら以蔵は刀を使うことを好んでいた。
 おそらく銃の腕が壊滅的に悪い、というようなことはないだろうが、動いている的に弾を当てるのはなかなかに難しいものだ。
 それにこちらは遮蔽物の多い室内だ。
 本物の銃弾のように貫通力があれば、ちょっとした障害物ぐらいぶち抜いてターゲットに当てるなどという強引な真似もできるが、ペイント弾ではそうもいかない。

「以蔵さん、大丈夫?」
『じゃかあしい、ちッ、こんなことならおまんにやらせりゃあ良かった!』

 苛々としたような声が響く。
 ははは、と龍馬は力なく笑うしかない。

「参ったな」

 ぼやきながら、カメラを切り替える。
 そこではもう既に今以蔵に追われている一人以外のターゲットが合流を果たしているところだった。
 どうやら地図を広げて、鍵と出口の位置を確認し合っている。

「――あ」
 
 やまった。

「以蔵さん!」
『なんじゃあ!』
「ターゲットは反撃してきてる!?」
『お、おう』
「そいつはまずいね……!」
『どいた』
「反撃してくるってことは今以蔵さんが追ってる相手は銃持ちだ。他の三人がすでに合流してるんだけどね、そっちに銃持ちがいるってことは、鍵の場所と地図を持ってるメンバーがすでに揃っちゃってるんだよ」

 ちぃ、と以蔵が舌打ちする。
 このまま粘れば以蔵はこの一人は捕まえられるかもしれないが、残りの三人には逃げられてしまう確率が高い。

『どうする! こいたあ放っちょくか!?』
「………いや、そのまま以蔵さんはそのターゲットを確保してくれ」

 もう他の三人は情報を共有済みだろう。
 今からターゲットを切り替えたとしても、そう差はない。
 それならば今目の前にいる、既に追い詰めている相手から着実に仕留めてもらった方が良い。20秒は確実にゲットできる。

「おっと、ここでターゲット一人ダウン! ゲストチーム、20秒確保!」
「よし」

 以蔵がようやく一人仕留めてくれたものらしい。
 すぐに、龍馬側のヘッドセットからも以蔵からの報告が上がる。

『龍馬、次はどこに向かったらえい!』
「ええと……ッ、南棟だ、以蔵さん、南棟に向かってくれ!」
『わかった!』

 以蔵が素早く移動を開始する。
 カメラを次々と切り替える龍馬に、隣で見ていた実況役が不思議そうに首を傾げた。

「ええと、坂本さん、どうして今岡田さんを南棟に向かわせたんですか? 今、岡田さんの近くにもう一人いましたよね?」
「いたねえ。でもあれ、たぶん囮でしょ?」
「おっと」

 実況役としては公平な立場でいなければならない。
 それ故に龍馬の言葉を肯定も否定もできない実況役に、龍馬はカメラを切り替えて時折以蔵の誘導を挟みながらも言葉を続ける。

「出口は北棟にあって、さきまで他のメンバーは皆ロビーにいたのに、今一人わざわざ南棟に向かってる子がいる。ってことは、南棟に鍵があるってことだろう? それに、彼らも音声通信でつながっているわけだから、さっき仕留められた子がどこで以蔵さんとやり合っているのかは知っていたはずだ。それなのに北棟から逃げずにいるなんて、わざと追ってきてほしいと思っているとしか思えないよね」
「な、なるほど……やっぱり坂本さん、妙に慣れてません???」
「気のせい気のせい」

 実況役の追及をさらっとかわして、龍馬は再びナビゲートへと戻る。
 以蔵はすでに南棟の廊下に到達している。

『龍馬ァ!』
「あいよ、ターゲットは以蔵さんの位置から三つめの部屋の中だ」

 カメラを切り替える。
 どうやらそこは診察室であるらしかった。
 びくびくと外の様子を伺いながらも、ターゲットの一人である青年がデスクの引き出しを漁っている。

「以蔵さん、ターゲットは鍵を手に入れた! 廊下に出る前に仕留められそうかい!?」
『そのつもりじゃ!』

 以蔵がドアを蹴破る。
 室内の方が遮蔽物が多い分銃撃戦に向いてはいるが、敵チームに銃持ちは二人。
 こちらにいるのは鍵のヒント持ちのターゲットだ。
 反撃の術がない以上、狭い密室で追い詰めて確実に捕まえた方が良い。

『えいこじゃ、おとなしゅうしちょけよ』

 悪役真っ青なセリフを吐きながら、以蔵は銃を構えてターゲットへと近づいていき――

「いかんッ、以蔵さん避けェ!」
『ッ?』

 モニターの中で、追い詰められていたターゲットが手を腰裏に回し、そこから銃を引き抜くのが見えた。
 以蔵が回避行動に出るのと、ターゲットが引き金を引くのはほぼ同時。
 ばつっ、と以蔵の服の右肩に赤いペイント弾の花が咲く。

「岡田さん被弾! 10秒静止です!」

 実況役の声が飛ぶ。
 動けなくなった以蔵の脇を、鍵を握ったターゲットがすり抜けていく。

『……………おい』

 呪詛するような、低い声が龍馬の耳を打つ。
 ああこれは怒ってるなあ、と眉尻を下げながら、龍馬はごめんね、と謝った。

「僕が読み間違えた。銃持ちは囮の方だと思ってたんだけど」
『殺す』
「いや本当ごめんって」

 以蔵と銃撃戦に持ち込むことで、時間を稼ぐつもりだと思っていたのだ。
 まさか、以蔵に捕まることを前提に、抵抗の術すら持たない仲間を囮に使うとは思ってもいなかった。
 カメラを切り替える。
 鍵を手にしたターゲットはまっすぐに左端の連絡通路に向かっている。
 カメラを切り替える。
 北棟の廊下ではすでにターゲットが非常口前で待機している。
 以蔵の足でも間に合うだろうか。
 3、2、1。
 以蔵の静止時間のカウントダウンが過ぎる。

「岡田さん、もう良いですよ」

 実況役のGOサインと同時に、以蔵が部屋を飛び出す。
 後はもうナビゲートの必要もない。
 純粋な短距離走だ。
 10秒ものタイムラグがあったものの、以蔵はぐんぐんと逃げる鍵持ちへの距離を削っていく。

「ちょ……ッ、岡田さん脚速すぎません!?」

 実況役の引き攣った声が響く。
 以蔵は逃げる鍵持ちと十分近くなったところで銃を引き抜き、その背に向かって弾を撃ち込もうとし―――ターゲットが手にしていた鍵を非常口前に待機していた二人へと投げたのはその直前のことだった。
 以蔵の撃ち込んだ弾が背で弾け、ターゲットの一人が脱落する。
 だが、そこまでだ。
 残りの二人は放られたカードキーをキャッチし、非常口を解錠して外へと逃げ出していく。

『くっそ……ッ、おい龍馬ァ! おまんのせいやぞ!』
「ごめんねえ、以蔵さん」

 完全に読み間違えた。
 これは確かに、以蔵に叱られても仕方がない。
 しばらくすると、龍馬と実況役の元にゲーム参加者たちが戻ってくる。
 逃亡者チームは楽しそうに笑っており、以蔵はといえば苦虫を噛み潰したような顰め面だ。

「いやあ、皆さんお疲れさまでした! 勝負としては引き分け、ですかね。いやあ、それにしても坂本さんと岡田さんのチームワークの良さには驚きました」
「岡田さんに追われるの、めっちゃ怖かった……」

 そう漏らしたのは、最後以蔵とデッドヒートを繰り広げた鍵持ちのターゲットである。

「あいつが撃たれた時はもう駄目かと思ったよなあ」
「うん、もう全員皆殺しにされるかと」

 なんてほっとしたように語るのは、無事脱出を果たした二人だ。
 一番最初に以蔵に脱落させられた一人が、「真っ先に脱落してごめんな」と謝れば他の三人が口々にお前が時間かせいでくれたおかげだよ、などと慰める。
 良い仲間である。
 その一方で以蔵はと言えば、不機嫌さを隠そうともせずに無言で龍馬の足を踏んでいる。しれっと全体重をかけて、捻りまで加えている。
 圧倒的不仲である。

「いたい、いたい、いたいよ以蔵さん」
「フン」
「ま、まあまあでもほら、40秒は告知タイム確保できましたし!」
「あ、それなんだけどね」

 にこり、と龍馬は人好きのする笑みを口元に浮かべて見せた。

「あのね、その40秒を賭け金に、もう一度だけ勝負させてもらえないかな」
「えッ」

 戸惑ったように、逃亡者チームと実況担当が顔を見合わせる。

「もう一度勝負してほしくて。あ、これはこっちの我儘なので――そうだなあ、ハンデとして以蔵さんの武器、銃じゃなくて長物にするのはどうかな?」
「長物、ですか?」
「うん。棒状のもので、……細い竹芯の棒にインクの染みたスポンジ巻いたやつとか。銃と違って近づかない限り当たらないし」
「いいんですか……? それちょっとこちらに有利すぎるのでは?」
「いいんだ。さっきはほら、僕の読み間違いで負けたって以蔵さん、すっごい不満そうだしね。以蔵さんの納得のいく試合をさせてあげたくて」

 ぎちぎち、と未だ捻りつきで踏まれている足元を龍馬は笑い混じりに指さして見せる。
 釣られたように視線を落としたメンバーたちの間に、くすくすという笑い声が広がった。
 もうひと押しかな、なんて脳裏で考えながら龍馬は言葉を続ける。

「ね、良いだろう? ああ、もちろん次の告知タイムは次の試合で得た秒数で構わないよ。今手に入れた40秒を賭け金にするっていうのはそういうことだからね」

 龍馬は穏やかに、にこやかな笑みを浮かべて、ね、と駄目押しのように強請る。
 友の鬱憤を晴らすべく、もはや勝ち負けではなくただただ以蔵の気が済むようにもう一度だけゲームをさせてほしいなんていうしおらしい申し出に、実況役を含んだ逃亡者チームたちは顔を見合わせる。
 それからしばらく、スタッフともごそごそと協議を重ね……

「リベンジマッチ、許可おりました!」

 実況役が大声で宣言する。
 一番のネックとなったのは以蔵の使う長物が用意できるか、というところだったのだが、小道具の一人がうまいこと用立ててくれたようだった。
 よくしなる軽いプラスチックの棒に、インクをたっぷりと吸わせたスポンジを巻きつけて固定したものが今回の以蔵の得物である。
 これならば打たれても怪我をする心配はない。

「では、二回戦! 二回戦を始めます! みなさん、位置についてください!」

 わいわいと楽しそうな言葉を交わしながら、逃亡者チームが先に部屋を出ていく。
 最後に、以蔵は新しく手に入れた得物の調子を確かめるように緩く振りながら、ニチャリと笑って龍馬を振り返った。

「こンわりことし」
「―――なんのことかな」

 ふふ、と笑う。
 穏やかに、柔らかに、笑う。

「にゃあ、以蔵さん」
「なんじゃあ」
「以蔵さんの格好えいところ、こじゃんと見せとおせ」
「……期待しちょき」

 ふふ。
 ふへへ。
 二人がにこォりと視線を交わし合う。
 その不穏さに、今はまだ誰も気づいてはいない。
 そして。
 逃亡者チームにとっては悪夢のようなリベンジマッチが始まった。
 
 □■□

『以蔵さん、右の連絡通路だ』
「聞こえちゅうちや」

 耳元から聞こえる龍馬の指示にそう返して、以蔵は低く滑るようにして廊下を駆ける。
 手には馴染みのない軽い感触。
 プラスチックの芯にスポンジを巻いただけの得物は頼りないほどに軽い。
 だが、銃などよりもよほど手に馴染む。

「いた」
『銃持ちだ、気を付けてくれよ』
「誰に向かって、」

 ハンと鼻で笑い飛ばして以蔵は走る。
 正面から突っ込んでこられるとは思っていなかったのか、多少動揺はしたようだったがターゲットはそれでも銃を構える。
 正面から迎撃し、以蔵を硬直させて時間を稼ぐつもりなのだろう。
 隠れもせず、カメラで見られていることがわかっている連絡通路にとどまっていたのは、仲間が鍵を探すための囮になるためだ。
 わかった上で、以蔵はその作戦にノった。
 スゥと双眸細めて、ターゲットの動きに集中する。
 銃を持った相手との戦い方なんて、おかげさまで慣れたものだ。
 銃弾は以蔵が地を駆けるよりもよほど速く敵に届くが、その動きは一度放たれてしまえばただひたすらに直線であり、その威力は一点に絞られる。
 すなわち、よくよく見る目さえ持っていれば、それほど恐ろしいものではない。
 ターゲットの指が引き金を引く。
 ぱしゅりとの発射音が響くと同時に、以蔵はその着弾点から己の軌道をずらすべく大きく身体を捻って進路を変えた。

「避けたァ!?」

 素っ頓狂な声に、笑いだしたくなる。
 否、もしかしたら笑っていたかもしれない。
 身を捩った拍子にズレた進路を戻す気はない。
 そのまま壁に向かって踏み込み、跳躍。
 タンッと壁を蹴って、ひらりと身を翻えす三角飛び。
 着地地点はターゲットの背後だ。

「まずはひとォり」

 薙いだ背中に、びしゃりと血飛沫のようにインクが撥ねる。

「ひ、ひえ、え」

 心底怯えたように膝を折ったターゲットににんまりと笑い、以蔵はインカムに指示を求める。

「次はどこじゃ」
『そのまま北棟に。北棟の個室にはカメラがない。そこに隠れられると僕からは見つけられないから気を付けて。相手側の動きからしてまだ鍵は手にしてないよ。二人は先ほどからロビーにとどまっているから、もしかしたらロビーに鍵があるのかもしれない』
「ほおん……」

 鍵を探していると思われるものがロビーに二人。
 残る一人はカメラに映っていないということは北棟の個室に隠れているということか。
 先ほどと同じだ。
 鍵を見つけたところで、残る一人が脱出口前に移動し、例え鍵を手に入れられたものが以蔵に追われていたとしても、パスをつないで最低一人は確実に脱出させるつもりなのだ。なんせ、今回の以蔵の得物は間合いの狭い棒きれだ。
 鍵を見つけて追われたとしても、逃げきれる可能性は先ほどよりも高くなったと判断したのだろう。

「ああ、そうじゃ」

 ふふふ、と以蔵は愉しそうに笑った。
 久しぶりに、アサシンの仕事ぶりとやらを見せてやろうではないか。

 □■□ 
 
 ロビーにて鍵を探していた一人が、あった、と小さく声を上げる。
 観葉植物の鉢植えの影に、非常口を開けるためのカードキーは隠されていた。
 それを手に取り、よし、と頷く。
 後は、脱出するだけだ。
 インカムにそっと手を当てて、北棟に隠れている仲間へと声をかける。

「鍵、見つけたぞ。非常口前で待っててくれ」
『…………………』

 返事がない。
 サー……と小さなノイズが響くだけだ。
 応答は返ってこない。

「…………?」

 応答が、返ってこない?
 ひやりと背中に冷たい悪寒が走る。
 ここには、ロビーにはもう一人いたはずだ。
 ロビーのどこかに鍵が隠されている、ということで二人がかりで探すことにしたのだ。
 北棟にいる仲間が例え気づかぬうちに捕まっていたとしても、同じロビーにいた仲間ががやられるのに気づかなかったなんてことがありうるだろうか。
 ばッと振り返る。
 がらん、と誰もいないロビーが目に飛び込んでくる。
 誰も、いない。
 いるはずの仲間すら、見当たらない。
 いや、きっと物陰を探すべく屈んでいるだけだ。
 ベンチの下や、受付カウンターの下でも探しているだけだ。
 そんな、悲鳴の一つも、物音一つあげずに捕まるなんてことがあるはずがない。
 ごくりと唾を呑みこんで、インカムに向かって声をかけ続ける。

「鍵、あったぞ。なあ、鍵手に入ったんだって。なあ、応答しろよ。俺だけで脱出しちまうぞ!?」

 やはり、返事はかえってこない。
 こうなったら一人でも脱出するしかないと、北棟へと向かうべく踵を返して――いつのまにか目の前にいた鬼が、眼前でニチャリと嗤った。

「う、うわァアアアアアア!?」

 悲鳴をあげて、腰の銃を抜く。
 狙いを定めて、引き金を引く。
 当たれば、10秒は稼げる。
 そのすきに走れば、なんとか非常口までたどりつけるかもしれない。
 そう、思ったのに。

「当たらんのォ」

 ヒュンと一つ風切り音がして、男の撃ったペイント弾は鬼の振るった棒きれにびしゃりと迎撃されて空中で破裂した。
 しぴぴッ、と弾けたインクの飛沫が鬼の頬を赤く汚す。
 まるで返り血でも浴びたかのようだ。
 そのまま距離を削られて。
 ひたりと首元に寄せられた棒きれが、スゥと優しく撫でるように男の首元をたどった。

 □■□

「本気で殺されると思った」
「というか殺されたと思った」
「というか死んだ」
「怖い」

 以上、二回戦目を終えた逃亡者チームの感想である。
 一人目の銃持ちが連絡通路で仕留められた後。
 以蔵はあえてロビーには向かわず、北棟の個室に隠れていたメンバーから捕まえた。
 万が一先にロビーで鍵を見つけられたとしても、脱出口は北棟の廊下だ。
 ロビーから北棟の廊下にかけては龍馬の目もある。
 何か動きがあれば知らせろとだけ告げて、後は狩りだ。
 インカムで情報を共有されないように、気配を遮断した上で一人一人背後に忍び寄り、静かに斬り伏せてやった。
 英霊だった時と異なり、気配遮断などという便利なスキルは持ち合わせていないが、もとよりあのスキルだって生前以蔵が磨いた技術が昇華されてスキルとなったものなのだ。
 一般人の二人や三人、赤子の手を捻るがごとく、だ。

「…………坂本さん」
「なんだい?」
「坂本さん」
「だからなんだい、って」
「なぁにがハンデですか! 岡田さん、長物持たせた方がめちゃくちゃ強いじゃないですか!!」
「あはははははは」

 朗らかに笑って見せる龍馬はひどく楽しそうである。
 
「でも、一般的には十分ハンデだろう? まあ、以蔵さんにとってはプラスに働いたわけなんだけれども」
「騙された! 坂本さんの誠実そうな顔に騙された!」
「騙したなんて人聞きの悪い。ねえ、以蔵さん」
「こいたあはそういう男じゃき。信じたらいかんぜよ」
「おっとこいつはいきなり味方から撃たれた感」

 参ったな、なんて言うものの、龍馬に堪えた様子はない。

「それにしても、岡田さん本当すごかったですね。廊下の三角飛びにもびっくりしたし……最後なんてあんな至近距離から撃たれた弾を斬り捨ててましたよね」
「あれぐらい、なんちゃあない」
「いやいやいやいやいや。殺陣の腕前だけじゃなくて、あんな実戦でまでお強いとは思ってませんでした。確か、剣道もされているんでしたっけ?」
「あー……」
「岡田さん?」

 剣道、と出された言葉に、以蔵はむっつりと眉間に皺を寄せる。
 今世でも、前世でも、以蔵はあまり『剣道』には馴染みがないのだ。
 以蔵の振るう剣はいつだって実戦向きで、敵を斬れればそれでよいというある意味邪道の剣だ。
 
「まあ、ちっくとは剣道も齧っとるんやけんど。わしの剣はどちらかというと自己流じゃ。敵を倒すための実戦剣術、ち言うたらわかるかえ?」
「ああ、なるほど。普通の剣道みたいに型があったり、道場で習ったりする感じではないってことですか?」
「おん。わしは負けず嫌いやき。相手が強いと、ただ勝つことだけに気ぃとられがちでにゃあ。相手を怪我させてしまいかねんきに、人を相手にゃあ滅多にやれん」
「へえ……あんなに強いのに、もったいないですね」
「ほうか?」

 強さを褒められると、嬉しそうに以蔵の口元が緩む。
 この平和な社会において、以蔵の持つ実戦剣術の腕が評価される場というのはそれほど多くはない。
 それを褒められたのだから、機嫌が良くなるのも当然だ。
 ドヤドヤポメポメと胸を張る。

「それじゃあ、今日は久しぶりに剣を振った感じですか?」
「あー……そうでもないにゃあ」

 ちらりと、以蔵が傍らに立つ龍馬へと視線を向けた。

「こいたあに付き合わせて、たまにやりおうちょるき」
「もしや岡田さん」
「おん?」
「坂本さんのことを人扱いしていない???」

 周囲にいたメンバーや、スタッフたちが笑う声が入る。
 人を相手にはめったに剣を振らないといったその口で、坂本龍馬には付き合わせる、なんて言うからそんなツッコミを受けてしまうのである。
 と、そこでやんわりと苦笑を浮かべていた龍馬にも話が振られる。

「実際どうなんですか? 坂本さん、岡田さんとやり合えるんですか?」

 意外そうな問いである。
 あれだけ恐ろしい以蔵の腕を見せられた後だと、あれとやりあえるとはとてもじゃないが思えないのだろう。
 その気持ちは龍馬としてもとてもよくわかる。
 そうだねえ、と龍馬はゆるりと顎先を撫でた。

「たまに付き合ったりはするけど……そうだなあ。以蔵さんがある程度手加減してくれたら打ち合いが成立する、ぐらいかな」
「手加減っていうと」
「殺す気で来なかったら、まあある程度は」
「不穏すぎません!?」

 実況担当の素朴なツッコミはあまりに真っ当だった。
 だが、事実である。
 龍馬と以蔵の実力差というのはそういったものだ。
 稽古や試合の範疇であれば太刀打ちできるが、以蔵が本気で殺そうと思ったならば負ける。そういった差である。

「こいたぁケチやき。そうは言ってもそうそう付き合っちゃあくれん」
「いやね、だって以蔵さんとやりあうと一週間は人前で脱げない身体にされちゃうから」
「人前で脱げない身体!?」

 ザワっとする周囲に、龍馬はやわりと眉尻を困ったように下げて付け加えた。

「最長は全治一か月です」
「全治一か月」

 思わずといったように実況担当が復唱した。
 龍馬は重々しく頷く。
 犯人である以蔵はといえば、つーんとそっぽを向いて知らぬふりである。

「こうね、お互い興がのっちゃうとつい手加減を忘れちゃって」
「ちなみに、今日は……?」
「脱げない身体だねえ」
「脱げないんだ……」

 じ、とその場にいる人々の視線が龍馬に集中する。
 ちなみに本日、龍馬は着替えもしていないので普通にシャツにスラックス姿である。
 濃い群青のシャツに、白のパンツを合わせた姿はすっきりとした知的な、優し気な雰囲気を漂わせる美丈夫といった仕上がりで、とてもじゃないがその衣服の下に人目に晒せぬ彼是を抱えているようには見えない。 
 ごくり、と実況担当が唾を呑む。

「み、見せていただいても?」
「え、お前何言ってんの!?」

 仲間うちからもツッコミが飛ぶが、龍馬はふにゃりと眉尻を下げて照れくさそうに笑って頷いた。

「あまり人さまに見せるようなものでもないんだけどね」

 シャツの袖口のボタンをぷちりとはずして、おりおりと袖を折って捲っていく。
 ぱっと見は優男然とした龍馬であるが、そうしてあらわになる二の腕にはしっかりと筋肉がついており、想像以上に逞しい。
 そしてその逞しい二の腕の肘のあたりに、うっすらと血の滲むような黒々とした青痣がくっきりと残されていた。
 想像以上に痛々しい傷跡に、覗きこんだ周囲がはッと息を呑む。

「えっ、それ、……えっ、本当に岡田さんにやられたんですか!?」
「うん。以蔵さんの突きをね、咄嗟に腕で受けちゃって」
「こンへぼ」

 傍らから口を出す以蔵の口ぶりは、まるで受け損ねた龍馬が悪い、とでも言いたげですらある。そして、それは龍馬自身も同じように思っているらしく、アレは悪手だったよねえ、なんて返す相槌はひどく呑気だ。
 一歩間違えば、大怪我だろう。
 というか、この痣だけでも十分大怪我の範囲だ。
 おそらく負傷してしばらくは腕を使う度に痛んだはずだ。
 それなのに、龍馬も以蔵も、それをなんでもないことにように語る。
 当たった龍馬が悪い、というような以蔵の主張を、当然のように龍馬自身が受け入れている。

「……俺ね」
「うん?」
「岡田さんがやべえ人で」
「オイコラ」

 実況担当の飾らぬ言葉に以蔵が半眼で異議を唱えるが、そこは聞こえないふりで実況担当は言葉を続ける。
 
「坂本さんがそのストッパーなのかなって思ってたんですけど」
「うん」
「―――あんたら二人ともやべえ人だわ」

 そんなことないよ、ねえ、と龍馬と以蔵は顔を見合わせたものの。
 その場にいた人々からは他に異議の声は上がらず、番組が放映されて以降は実況担当の言葉は世間の人々から多いに同意をもって受け入れられてしまったりなどした。
 ちなみにそれ以降、あちこちの番組や雑誌の撮影などに赴く度に龍馬は「今日は脱げる身体ですか?」と聞かれるようになったし。
 龍馬が何か怪我をしていると、「岡田さんにやられたんですか?」と聞かれるようにもなってしまった。

「龍馬が怪我するたびにわしが疑われるのしょうまっこと遺憾の意」

 とは、何かと疑われがちな以蔵の弁だ。
 
「でも実際九割犯人以蔵さんじゃない」
「…………」

 まあ、否定はできなかった。

 

戻る