窓のない部屋

 どうにも、窓がない部屋は良くないと以蔵は思っている。
 酒を呑むのは楽しい。
 わあわあ騒いで、ついでに賭け事の一つや二つも出来ればなお楽しい。
 だが、外の様子が見えないのは、なんとはなしに息が詰まる。
 もとより以蔵の生きていた頃の『家』というのは内と外の境界が曖昧で、周り廊下などは庭に面していたものだし、部屋と外を遮るのも襖やら障子やらといった薄くて頼りない仕切りばかりだった。
 酒を呑み、ふと外へとまろび出れば冷たい夜風に頬を撫でられ、季節の匂いがしたものだった。
 花の香、水のにおい、緑のにおい、雪のにおい。
 首を竦めて、部屋の内の喧噪と外の静けさとの間でほうと息を吐くような一時が、以蔵は決して嫌いではなかった。
 それが、このカルデアにはない。
 まあ、仕方の無い話ではある。
 外は以蔵が知るどこよりも冷たく凍えていて、雪に閉ざされている。
 人の身であれば、例え装備があったとしても野外の風に晒されるほんの一刻が命取りになり得るのだと言う。
 ならばせめて、例え変わらず雪に閉ざされた真白の世界しか望めないとしても、外が見たいと以蔵などは思うのだが、このカルデアという施設の図面を書いたものはそうは思わなかったらしい。
 研究施設というだけあって、情報の秘匿を心がけたせいなのだろうか。
 それとも単純に、なるべく室内を暖かに保つべく、外気に触れる面積を減らす必要があったのか。
 カルデアの室内には、ほとんど窓がない。
 廊下にあるのが全てだ。
 少なくとも以蔵の部屋には窓がないし、龍馬の部屋にも窓はないし、マスターの部屋にも窓はない。
 全てのサーヴァントの部屋を訪ねたことがあるわけではないが、以蔵が訪ねたことのある部屋で窓のある部屋を持つものはいなかった。
 だから、以蔵はいくら叱られても、廊下で過ごすことが辞められなかった。
 自室の前の窓べりに腰掛けて煙管を嗜んでは叱られたし、酒を呑んでは叱られた。
 けれども、どうにも四方を壁で囲われた部屋で一人過ごしていると気が滅入ってきてしまうのだ。
 もしかしたら、生前の最期を暗い牢などで過ごしたせいなのかもしれない。

「…………にゃあ龍馬」

 ぽつり、と以蔵は口を開く。

「どういた、以蔵さん」
「こん炬燵、廊下に出したら叱られるかえ」
「すごく、すごく、叱られると思うよ」

 即答だった。
 そうかあ、ともにゃもにゃ不明瞭な声で応じて、以蔵はふてくされたように炬燵の天板に顎をひっつける。
 ダウィンチの工房に炬燵が仕入れられたらしい、と聞いたその日の夜のことだ。
 寒さに弱い質の相棒を持つ以蔵の幼馴染みは早速購入してきたものらしい。
 以蔵や龍馬の時代には炭火を布団の中に仕込んでいたものだが、現代の炬燵は電気の力で暖を取るものらしく、火の始末に気を遣わなくて済むのが酷く気楽だった。
 それに、炭の補充を考えなくていいのもまた良い。
 コードで電源に繋がってさえいれば、いつまでだって温かいのだ。
 さらには、手元のスイッチで温度の調整もきく。
 最高だ。
 これは良いものだから、以蔵さんも暖まりにおいでよと誘われて炬燵に潜り込んでからすでに数時間が経過している。
 これは出られない。
 以蔵の隣の辺では、同じようにゆるゆると龍馬が暖をとっているし、さらにその隣の辺、以蔵にとっての対面の位置ではお竜が肩まですっぽりと布団の中に潜り込んで動かなくなっている。
 ほんの少し前までは炬燵の中で足が当たっただのなんだので小競り合いが起きていたのだが、今となっては多少小突いても反応がないのできっと眠ってしまったのだろう。

「……これで外が見られたら文句なんぞないんやが」
「そうやねえ、雪見酒、なんて風流やねえ」

 のんびりと龍馬が相づちを打つ。
 隣から伸びてきた手が、まるで手慰みのようにもしゃりと以蔵の癖ッ毛を掻き混ぜていった。

「……あ、そうだ」
「んあ」
「あのね、以蔵さん。ちょっと面白いものをね、教授から譲ってもらったんだ」

 何かはしゃいだ声で龍馬が言って、その長躯をべたりと床に貼り付けるようにして伸びる。横着もここに極まれりだ。例え足の先だけであっても、炬燵の中にいれておきたいらしい。維新の英雄の名が泣くぞ、などと思いながらも、そういう以蔵もツッコミに回るだけの気力も炬燵という名の魔物に喰われて、だらしなく天板に伏せたままその面白いもの、とやらの到着を待つ。
 よいせ、と龍馬が引き寄せたのは、洋酒のボトルだった。
 ウィスキーといったか。
 喉を焼くような酒精の強さが悪くはない逸品だ。
 果実のような、燻った木のような香りも、慣れればななかなに良い。
 基本的には故郷の酒やら日本酒を好む以蔵だが、洋酒も別段飲めぬわけではない。

「なんじゃ、洋酒に鞍替えかえ」

 天板の上の一升瓶には、まだ酒が残っている。
 訝しげな以蔵の声に、龍馬は楽しそうにふふふと笑って再び伸びる。
 そして、次に引き寄せたのはマグカップが一つと、何やら銀色の平ぺったい匙だった。
 とっとっと、とブランデーをマグカップの中に注ぐ。
 ふわりと強い熟した酒の香りが以蔵の鼻先を掠めていく。
 そのマグカップの上に渡すようにして、龍馬はその銀の匙をそろりと置いた。
 平たくなった匙の部分に、角砂糖を一つ乗せる。
 それから、その角砂糖に向けてとろりとブランデーをひとしずく、ふたしずく。

「以蔵さん、火はあるかい?」
「燐寸ならあるがぞ」

 もそもそと懐を探り、燐寸の小箱をからりと天板に放る。
 龍馬はそれを手に取ると、早速しぼりと燐寸を吸って火を灯した。
 燐寸を、ブランデーを吸ってほんのりと色づいた角砂糖へと寄せる。
 ぽッと火が移ったのは一瞬のことだ。
 角砂糖が、ちりちりと青白く燃える。
 焚き火のような赤さではなく、澄んだ氷のような、晴れた日の冬の空のような明るい青さでちりちりと砂糖が燃える。
 甘ったるい糖の香りがブランデーの複雑な香りに蕩けこんで、なんだか以蔵はうっとりとしてしまってそのちろちろと踊る火に見入る。
 やがて、角砂糖がふつふつと蕩けて火がすっかりと消えたのを待って、龍馬はとろりとその角砂糖を酒に落として匙をくるくると回した。

「こういうの、面白くないかい?」
「……おん」

 渡されたマグカップを受け取り、鼻先を寄せる。
 馥郁たる酒の香りに混じって、ほのかに焦げた砂糖の香ばしさも感じられる。
 生き物のように揺らぎ、踊った焔の名残だ。
 ちろ、と舐めれば、火のようにカッと火照る強い酒の味がした。

「気に入った?」
「……悪くはない」

 ちろり、ちろり。
 天板に伏せたまま、以蔵は舐めるようにブランデーを味わう。
 外の景色が見られないのはやっぱり気に入らないけれど、こういう初めて見る面白いものが見られるのはカルデアの良いところだ。

「りょうま」
「なあに、以蔵さん」
「おまんの分は作らんがか」
「はいはい、もう一度ね」

 猪口でもいいかな、なんて言いながら、龍馬は手際良くまた、銀の匙の上に角砂糖をのせた。
 冬の、寒い日の。
 窓のない部屋での、穏やかな日のことだ。

 

 

戻る