小説

わりことしぃ 

「――……少しだけ、少しだけ」 龍馬は自分にいいわけをするようにつぶやきながら、よたりとソファへと足を向けた。 本当なら、そろそろ自室に戻って寝た方がいいのはわかっている。 ここしばらく探偵としての仕事が珍しく立て込んでおり、ちょっとばかり…

龍馬さんが怖い目にあう話。

 それは、重苦しい曇り空の日のことだった。 雲がある分過ごしやすいかとも思ったのだが――…そんなささやかな期待は見事に裏切られ、じっとりとした蒸し暑さが空気を火照らせている。 着ているシャツが素肌にまとわりつくような不快感に、龍馬は眉を寄せ…

以蔵さんの夢の話。

 その日は空があんまりにも蒼かったもので、龍馬は何か厭な予感がしたものだ。 悪いことが起きる日というものは、いつだって空がやけに綺麗だ。「龍馬、何をぼーっとしちゅう」「ああ、以蔵さんか」 背後からかけられた声に、龍馬が振り返るより先に声の主…

坂本探偵事務所奇譚

 それは夏休みに入る少し前のこと。 小学校に上がって四回目の夏を迎える音無勇樹は、いつものようにランドセルを背負って通学路を歩いていた。 あといくつか数えれば夏休み、というこの時期、自然と周囲の空気はそわそわと浮ついたものになる。 そんな中…

狭くてぬるい世界に二人だけ

 岡田以蔵には、記憶がある。 それは今生に生まれるより前の、いわゆる前世、と呼ばれるような類いの記憶だ。 ただそれが少しだけ巷で見かける類いの「前世」と異なるのは、今回が「三度目」に当たるということだ。 一度目の岡田以蔵は、幕末に暗躍した人…

準備号

 この世界には、大きくわけて二種類の人類が存在する。 猿から進化した『人』と呼ばれるものたちと、それ以外の動物から進化した『斑類』の二種類だ。 『斑類』と名乗る彼らは祖の形質を強く持ち、『人』と『動物』の特質を併せ持つ。 その形質は『魂元』…

 かくして、龍馬と以蔵は両家の親公認の恋人同士という関係になったわけだが。 だからといって何かが劇的に変わるわけもなく、相変わらずの日常を穏やかに過ごしていた。 中等部や高等部と違って四年制の大学では、これまでよりも一緒に過ごせる時間が一年…

 龍馬には決めていることがある。 それは、以蔵の高校卒業を契機に告白する、ということだ。 今、以蔵の首に巻かれている首輪の管理権は以蔵の両親にある。 例え以蔵自身が誰かに恋をしてその相手にうなじを咬まれたいと強く思ったとしても、鍵を持ってい…

 龍馬の説得もあって、以蔵は龍馬と同じ中学へと進学することになった。 採寸の段階で見せてもらった制服姿はまだ少しサイズが大きめで、服に着られている感がなんとも初々しい。 以蔵は龍馬のお下がりでえいのに、と唇をとがらせたものの、新品もあったほ…

 電話が、鳴る。 誰がかけても同じ音でしか鳴らないはずの電話だが、なんの虫の知らせか、以蔵にはたまにそのかけてきた相手が誰なのかがわかることがあった。 だからその日も、ああ厭な音だと思った。 以蔵が小学校六年生になったある夏のことだ。 電話…

 岡田以蔵が、その子どもに出逢ったのは物心がついてすぐのことだった。 母親に手を引かれて、てくてくと大きな坂道を上ったのを覚えている。 いつも遊ぶ公園を過ぎて、普段は通らない大きな横断歩道を渡って、その先にその屋敷はあった。 以蔵はその屋敷…

オマケ

 坂本係長という人がいる。 俺にとっては職場の先輩でもあり、上司でもある。 30を手前に、外資系の大企業でもあるうちの会社で係長なんていう役職についているのはその人ぐらいだ。 社内でも噂の出世頭であるし、実際話をしてみるとなるほど、この人な…