「――……少しだけ、少しだけ」
龍馬は自分にいいわけをするようにつぶやきながら、よたりとソファへと足を向けた。
本当なら、そろそろ自室に戻って寝た方がいいのはわかっている。
ここしばらく探偵としての仕事が珍しく立て込んでおり、ちょっとばかり眠れぬ夜が続いていたのだ。
日頃は閑古鳥の鳴きがち探偵事務所なのだが、忙しくなる時、というのは大抵いくつもの依頼が重なってしまう。
そんなわけで、本日龍馬はとても疲れていた。
叶うことならベッドに転がって思う存分惰眠を貪りたいところなのだが、今それをしてしまっては間違いなく明日の朝一番にやってくる依頼人への報告書が間に合わない。
なので、少しばかりの仮眠を取る心づもりでソファに横になる。
多少足がはみ出るが、それぐらいがちょうど良い。
あまり寝心地が良くては、起きれなくなってしまう。
横になれば意識が落ちるまではあっという間だ。
ふー、と深く息を吐き、とろとろと意識を微睡ませて――――ぴちゃり、と何か濡れた音がしたのは、それからどれくらいたってからのことだったのか。
そんなに時間がたっていないような、随分と眠っていたような気もする。
下肢の辺りに違和感を覚えて、ン、ン、と唸って龍馬はうっすらと瞼を持ち上げる。
何かが腹に乗っている。
のっしりとした圧と、柔らかな体温。
そしてじわじわとぬるま湯に浸るようなゆるやかな快感。
ゆっくりと瞬きを重ねると、次第と焦点が己の下肢に顔を埋める幼馴染みへと結ばれた。
「………………」
「………………」
ちら、と伺うようにこちらを見上げた金の眼をばちりと眼が合う。
ご丁寧なことに、まるで見せつけるかのようにねろりと、唾液をたっぷりとまとわせた舌を出したところだ。
「…………、いぞ、さん」
「おん」
「なに、してるの」
「なにって、ナニじゃ」
「いやいやいやいや、なんで僕の寝込み襲ってるの……」
「別にえいじゃろ」
「良くな……、っ、」
語尾が跳ねたのは、まるで龍馬の小言を遮るように以蔵が露出させた龍馬の性肉にわざとらしい水音とともに舌を這わせたからだ。
敏感な先端を舌先でくじるように舐めて、手指が器用にするすると幹を撫でおろしていく。
男の性感を煽る術を存分に心得た動きだ。
同性だからこそ、泣き所をよく捉えている。
「いや、だから、さ……ッ」
「気持ちようしちゃるき、えいじゃろ?」
「まって、僕まだ仕事あるんだって……」
「仕事とわしとどっちが大事ちや」
「ええええ以蔵さんそういうこと言う???」
「いふ」
もご、と途中で言葉が不明瞭になったのは、悪戯ぽくこちらを見つめる以蔵がぱくんと龍馬のモノを口に含んだからだ。
先ほどまで憎まれ口を叩いていたその腔内はねとりと厚く、ぬめり、絡みつく舌先にぞくぞくとした熱が腰に溜まる。
びく、と小さく腰が揺れてしまうのはもう男の性のようなものだ。
だというのに、してやったりというように己のものを咥える男が笑うものだから、自然と龍馬の眉間には皺が寄った。
じゅぷじゅぷと濡れた音をたてて、以蔵が頭を上下に揺する。
ちゅうと先端を強く吸い、凹ませた頬で幹を扱きあげる。
腰から蕩けるような心地良さに、ああこのまま呑まれたらマズいな、とわかっているのに流されて、ん、と鼻から快楽にひたひたと蕩かされるような吐息が抜けた。
そんな声に、以蔵はますます機嫌を良くしたようだった。
龍馬を見上げる月の色をした双眸が、にんまりと細くなる。
「いぞ、さん」
腹筋に力を入れて上身を浮かし、呼んで持ち上げた手をそろりと以蔵の髪に差し入れた。癖のある黒髪を指先に絡めて、こめかみから耳元までの地肌をさりりと親指の腹でなぞる。ぁ、と小さく零れた以蔵の吐息が、銜え込まれた敏感な粘膜をくすぐって、ふ、と龍馬の唇からも呼気が零れる。
さりり、さりり、と指腹で丁寧に撫でる。
少し汗に湿った頭皮を指腹で撫でるのは、口づけの所作だ。
頤を掬うように手を髪の中に差し入れ、耳の下から首の付け根までを指腹でなぞり、たどりながらその腔内を甘く舐る。
だからきっと、思わず以蔵の吐息が震えたのは腔内を肉厚の舌で丁寧に愛撫される緩やかな悦を思い出したからだろう。
とろりと、こちらを見上げる金の瞳に熱が滲むのにしっかりと視線を重ねて龍馬は口角に笑みを乗せる。
やられっぱなしというのもなかなかな面白くはないのだ。
以蔵に奉仕してもらうのも決して悪くはないのだが、手のひらで転がされるよりは翻弄してやりたいと思うのが男の性だ。
指先ひとつ、耳元を撫でる所作ヒトツで以蔵の余裕を揺らした男は愉しそうに黒々とした双眸を細める。
それからその癖のある黒髪を手繰るように握り混み、その頭をぐいと引き寄せると同時に腰を緩く使った。
「ッん、ぶ……ッ、」
喉奥に性肉を突き込まれた以蔵の呼気が跳ねる。
上顎の弱いところを掏りながら、喉奥をぐぽぐぽと突き上げる。
普段であれば以蔵の苦しげな顔など見たくはないのだが、この時だけは別だ。
うっそりと寄せられた眉根、目尻に浮いた涙、そのどれもに煽られて仕方がない。
次第金の双眸がとろりと蕩けて薄く涙の紗がかかったようになるのは、若干酸素が足りていないのだろう。
朦朧としたように焦点が揺らぐのが可愛らしい。
逃げようとする頭を髪を手繰る手指で捕らえて逃さず、その喉の一等深いところまで腰を突き込んでぶるりと一度腰を震わせる。
「全部飲んで」
「ッ、ン、ふ、ぐ、……ッ、」
苦しげにふーふーと荒い息を響かせながらも、こつりと喉仏の陰影の浮いた喉が何度か上下する。ほろりと目元を滑り落ちた涙を、髪を手繰っていた指を解いてその指腹で優しく拭ってやりながらゆっくりと腰を落とす。
ぬらりと唾液と白濁とが混じり合った粘液を纏った逸物が以蔵の唇を汚しながら引き出され、つぅと白く濁った銀糸が逸物の先端と以蔵の唇とを繋いだ。
そ、と伸ばした指先でねとりと糸をひくそれを絡めとり、そのまま背を起こして以蔵の唇へと寄せる。
ぁ、と口をあけ、差し出された指先に舌を這わせる所作は意外なほどに従順だ。
長く、節の立った形の良い指先を誘われるままに口腔内に差し入れ、くにくにと舌を柔くつまむ。
とろりとしたたり落ちる唾液がしとどに指を濡らしていく。
ただそれだけの戯れに、は、は、と以蔵の呼気は弾んでいく。
「りょぉま」
「なぁに、以蔵さん」
「ぁ」
「――――、」
見せつけるように、というか。
きっとまさしく見せつけているのだろう。
ぁ、と淡く唇を開いて、舌を伸ばして、口づけをねだられる。
こんな風に誘われて応じない男などいないだろう。
背を浮かし、食らいつくようにその唇を塞ぎながら片手を腰裏に回し、ぐいと引き寄せてその身体を己の下に組み敷いた。
舌先をきつく吸い上げ、歯列であむあむと食む。
はふ、と気持ちよさげに零れる吐息にはあえかな喘ぎ声が蕩けている。
いつもの儀式のように頤を掬い、親指の腹で耳元を撫でながら他の四指で地肌を擦りながら首に添える。少しだけ、気づかれない程度に力を入れて、血流を阻む。
そうすると以蔵はすぐに酔ったようにとろりとその金を鈍らせ、気持ちの悦いことしか考えられなくなる。
口づけだけでくたりと力の抜けた身体を組み敷いて、首元に添えていた手をそろりと下に滑らせ、ベストのボタンをはじいていく。それから次はシャツのボタン。
すっかり前をはだけさせて、その素肌に指先を這わす。
鍛えられた胸筋、六つに割れた腹筋。
滑らかな薄皮の下に筋肉の隆起がみちりと詰まった大変雄くさい身体だ。
それなのに、同じ雄であるはずの龍馬はそんな以蔵の身体に欲情する。
決して柔らかではない男の硬い肉であったとしても、それが岡田以蔵のものであれば龍馬にとっては愛情の矛先であり、愛欲の対象なのだ。
肌の質感をたどるように這わせた指先にくにりと引っかかる尖りをやわりと捏ねる。
ひくりと以蔵の腰が揺れて、ふぁ、と気持ちの良さそうな小さな音が零れた。
柔く開いたままの唇の中でねばこい唾液がつ、と糸を引くのがとてもいやらしくて、腰のあたりにずくりと熱が溜まる。
「以蔵さん、気持ち良い?」
「ン、……、りょぉま」
ねだる調子で名前を呼ばれる。
このかつては幼馴染みというだけだった男の自分の名を呼ぶ音にこめられた様々な意図を正確に読み取れるようになったのはいつぐらいからだっただろう。
以蔵は様々な望みをこめて「りょぉま」と己の名を呼び、名を呼ぶだけで願いを叶えてもらえると思っている節がある。
「なぁに」
わかっていて、聞き返す。
本当はわかっている。
焦れている。
もっとちゃんと気持ち悦くしてほしいのだ。
胸への愛撫なんてすっ飛ばして、さっさと下肢に触れてほしくて、なんなら挿れてほしいのだ。
わざとそれに気づかないふりをして、くにくにと胸の尖りを指先で捏ねる。
次第に紅く色づき、ツンと指を押し返す感触に口元を笑ませていれば、不意にごん、と頭に衝撃が訪れた。
「いたっ」
顔をあげると、涙で潤んだ金がこちらを睨みつけている。
ぅ゛ー、と喉奥で唸るような声。
この幼馴染みは、本当に言語による意思の伝達をサボりすぎだと思う。
肉体言語にものを言わせすぎ、というか。
「あのね、以蔵さん。いくら焦れたからって殴ることはないかい」
「おまんが、わるい」
「そう?」
涙目でこちらを睨みあげる姿はどこかやわこい爪を立てて威嚇する仔猫めいている。
図体のでかい成人男性相手に何を言っているのか、と自分で思わなくもないのだが、事実可愛い以外の感想が出てこないのだから仕方ない。
「可愛いなあ」
思わず声に出すと、ごん、と二撃目が降ってきた。
本当に手癖が悪い。
少し身を乗り出して、二度も殴られた仕返しに咬みつくように口づけた。
唇のあわいからぬるりと舌を差し入れ、以蔵の舌を絡めとって少しキツめに咬んでやる。ちりと痛みを伴った悦に組み敷いた身体が小さく跳ねるのがわかる。押しのけるように胸のあたりに掌が押し当てられるものの、この段階で以蔵が龍馬を押しのけられたことなど一度もない。
技術やセンスといった部分を除く純粋な腕力とウェイトに絞ったならば龍馬の方に軍配が上がる。
ぴちゃぴちゃと水音を響かせながら以蔵の弱い上顎を舌先でなぶり、歯列をたどり、味わい尽くすような口づけを終える頃には胸に押し当てられていた掌は縋るように龍馬のシャツを手繰るだけに成り果てている。
気の強い睨みあげるような月の色が、快楽にとろりと濁って蕩けるのを見るのが龍馬は存外気に入っていた。
はふはふと熱のこもった息を吐く以蔵からはくったりと力が抜けていて、もう殴られる心配はなさそうだ。
互いの唾液に濡れた唇をれ、と舌先でたどりながら、するすると掌を下肢に忍ばせる。
スラックスの前を膨らませる硬い感触に、喉が笑う。
とはいっても龍馬自身とっくに張り詰めて似たような状況なのでちっとも笑えやしないのだが。先に一度抜いてもらった分、まだ少し余裕がある、というだけだ。
かちゃり、かちゃりとわざとらしく音をたててベルトを外し、前たてを寛げ、差し入れた指先で布越しに屹立した男のモノの形をたどるようになぞる。
「ッ、……ぁ、りょぉ、」
「うん」
ちゃんと気持ち悦くしてあげるからね、とぐずる子どもにするようなやわこい口づけをちゅ、と小さく落として、それから下着をかきわけて以蔵の熱に直接触れる。
とろとろとすでに零れていた先走りを指先に掬い、塗り込めるようにぬるぬると幹を擦りあげて熱を育てる。
「ぁ、あ、あっ、」
断続的にか細く上がる声音が大変気持ち悦さそうで、龍馬の唇に乗る笑みが深くなる。
「脱がすよ」
下衣を下着ごと鷲掴んで、ぐいと下に引く。
ゆらゆらと金色を揺らして、あんまりちゃんと考えられないような状態になっている癖に、そんな声には反応してちゃんと腰を浮かして協力してくれる以蔵が愛しい。
下着ごと引き抜いたスラックスはぽいとソファ脇に捨ててしまって、いよいよ以蔵の脚の間に腰を割り入れてしまう。
そうするとソファの背が大変に邪魔で、龍馬は情けなく眉尻を下げた。
「以蔵さん、今度からもうちょっと仕掛ける場所考えてよ。場所、移す?」
龍馬の問いに、とろりと熱に炙られ蕩けた金が細くなり。
「はよぉ、」
なんて甘く強請られたもので。
もう、聞いた内容なんてどうでもよくなって、龍馬は以蔵の片足を肩に引っかけるようにして持ち上げ、とろとろと先走りを零す屹立のさらにその下、密やかに閉ざされた後孔へと指を滑らせた。
たっぷりと指に掬った彼自身の先走りをぬちぬちと塗り込め、それからゆっくりとまずは中指を差し入れていく。
本来ならば受け入れる場所ではない肉筒がきゅうきゅうと指を締めあげる感触に、その中に己の逸物をぶちこんだ時の今ここで死んでもいいと思ってしまうほどの快楽を思い出して頭の奥がじんと痺れる。
はやく、挿れたい。
もっと、蕩かしたい。
相反する二つの慾に焦れたように、龍馬はぐちりと指を多少乱暴に動かして中を探る。
異物感に眉を寄せていた以蔵が、ひ、と喉を喘がせた。
「すぐに悦くしちゃるき」
「ふ、……、ぁ、……、ッ、ん、はよ、はよ、」
熱に浮かされたようにせがむ声もまた慾に掠れている。
嗚呼駄目だ、と龍馬は思う。
苦痛を嫌う以蔵のためにもしっかり指で慣らして、中を柔らかく蕩かしてから挿れてやろうと思っていたのに、こんな声で呼ばれてはすぐにでも挿れてしまいたくなる。
「以蔵さん、そがあに煽らんといて。わしも我慢が利かんくなるきに」
そう言いつつも焦れて、少しばかり性急に中を探る指を二本に増やす。
はく、と苦しげに息を吐いた癖に龍馬の言葉に以蔵はに、と口角を持ち上げたようだった。厭な予感が、と思うよりも先に、肩に乗せていた以蔵の脚がぐるりと龍馬の首に絡みついてぐいと引き寄せられた。
慌てて以蔵の中の手を探るのとは逆の手をその顔をの脇について、身体を支える。
「以蔵さんっ」
思わず窘めるような声をあげた龍馬に、至近距離から以蔵が笑う。
余裕なんてカケラもないほどにぐつぐつと快楽に煮蕩けた双眸が笑みの形に細くなり、口角が強気に持ち上がる。
「そがァなもん、犬にでも喰わせりゃえい」
慾に掠れた低い声音が耳元で囁く。
早く目の前の美味しそうな獲物を喰ってしまいたいという慾ばかりが膨らんで、目の前が赤黒くチカチカした気がした。
「あのね、以蔵さん」
「なん、じゃ」
増やした指で中をぐちぐちとかき混ぜながら、龍馬はうっそりと笑う。
「こンわりことしぃ」
後はもう、言葉はいらなかった。
次の日、当然報告書は間に合わなかった。
「もう、以蔵さんの馬鹿ぁ!」
泣き言を漏らす龍馬の背をおふとんの中からぬくぬくと眺める以蔵は、腹のくちた猫のような顔であくびをした。
