ヒトガタカタパルトのその後

 以蔵をぶん投げた後は振り返りもせずにすっ飛んできたお竜は、べろんべろんと龍馬の傷を舐めたくって癒やす。
 純粋に怪我を癒やすというだけでなく、同時に解呪もしてくれているのか、霊基の軋むような不快感が少しずつ薄れていくのに龍馬はほうと息を吐いた。
 目の前で誰かが苦しむよりは自分がその痛みを引き受けた方が気持ちの上では遙かに楽だという厄介な性分を持ち合わせているが、だからといって苦痛に対する耐性が特別高いというわけではない。
 苦痛が遠のくのに安堵の息を一つ吐けば、次に気になるのは以蔵の行方である。
 狙撃手のいる方向に向かって人間砲弾のごとき勢いで突っ込んでいったわけだが、果たして以蔵は無事なのか。
 これだけ距離があると、援護に入るわけにもいかない。

「お龍さん」
「なんだリョーマ、まだどこか痛いのか?」
「ううん、僕はもう大丈夫だよ、ありがとう」

 おろおろと心配そうにするお竜に柔らかく微笑んで、それから龍馬は少し眉尻を下げてお竜を見上げる。

「あのね、お竜さん。頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「以蔵さんを回収してきてあげてほしいんだ」
「…………」

 わかりやすくお竜が渋面になる。
 たった今目の前で龍馬が深手を負ったばかりだ。
 お竜が龍馬のそばを離れたがらないのはわかっていたが、それでもこのままでは以蔵が孤立したままだ。
 そう簡単にやられるような男ではないとわかってはいるが、以蔵には龍馬の知らぬところで果てたという過去がある。
 二の舞を演じるのは御免だった。

「頼むよ、お竜さん」
「……リョーマの頼みだ、仕方ない。マスター、リョーマを頼むぞ」
「うん!」
「えええ、僕がマスターを頼まれるんじゃないの」
「龍馬さんはゆっくり休んでてください!」

 腰に手をあてたマスターにも言われて、ははは、と龍馬は小さく笑う。
 ゆらりと空を泳いで渡るお竜を見送って。
 それからどれくらいしてからのことだろう。
 ぎゃあぎゃあと賑やかな声が近づいてくるのに、龍馬は視線を持ち上げた。

「こンのスベタァッ、人を猫の仔みたいに運びよって!」
「うるさいぞクソ雑魚ナメクジ。運んでやってるだけ感謝しろ」

 お竜と以蔵だ。
 以蔵が言うように、お竜は以蔵の首根っこを無造作にひっつかんでぶら下げている。
 下手をすれば首が絞まる角度である。

「お、お竜さん! もっとちゃんと運んであげて! 以蔵さんの首締まっちゃうから!」
「ああもう面倒だ。ここまで運んでやったんだから十分だろ」

 半眼で、ぱ、とお竜が手を離す。

「何じゃアアアアアア!!!」

 ずべしゃっと以蔵が落ちてくる。
 なんとか空中で体勢をを整えようとするものの、落ちても怪我をしない程度の高さだったのが逆に良くなかった。
 体勢を立て直す間もなく、ほとんど四つ足で以蔵は着地するハメになる。
 そんな獣めいた所作が妙に似合うのが岡田以蔵という男である。

「以蔵さん、大丈夫かい!?」
「フン、なんちゃあない。おまんの方こそもうえいがか」
「うん、お竜さんのおかげでね」
「ほうか」
「以蔵さん」
「何じゃ」
「ありがとね」
「…………」

 龍馬の言葉に、以蔵はふす、と息を吐いた。
 うそりと眉間に皺が寄る。
 なんともわざとらしい渋面だ。

「何がじゃ」
「なんとなく、言いたかっただけだから気にしないで」

 ふ、と小さく笑う。
 口に出せば怒らせるのがわかっているから、理由は言わないでおこうと思った。
 あの、瞬間。
 呪詛に射貫かれて崩れ落ちる龍馬の傍らを駆け抜けた以蔵の、焔のように燃ゆる金の眼に龍馬には見覚えがあった。
 胸が痛くなるほどに懐かしい色合いだった。
 昔土佐でまだ龍馬が泣き虫だった頃、意地悪な年長者に龍馬が泣かされると、いつもその眼をした以蔵が飛び出していった。
 りょぉまを泣かしたのはどこのどいつじゃ!と声変わりもまだなかわいらしい子どもの声で吠えて、自分よりも縦も横にも大きい相手に平気で飛びかかっていった。

「でも、以蔵さん、あんなのは心臓に良くないよ」
「何のことじゃ」
「お竜さんに投げさせたでしょ」

 アレは本当に心臓に悪かった。
 いかに英霊といえど、あんな勢いで吹っ飛ばされれば着地によってはあれが原因でカルデアに還ってもおかしくない力業だった。

「大丈夫だ、リョーマ」
「お竜さん」
「クソ雑魚ナメクジはしぶといからな」
「当然じゃ、このわしがアレぐらいでくたばってたまるがじゃ」
「いやいや、本当危ないからね。っていうかなんで本当あんな時ばっかり気があうの」

 まるで、あらかじめ打ち合わせでもしていたかのような意気の合いようだった。
 以蔵が駆けて、お竜が空を滑って、交差して、くるりと交わるように回って、ポーンと以蔵が飛んでいった。
 あの胸がすくような、それでいて置いていかれてしまったような、不思議な心地をどう言葉にしたら良いのかが龍馬にはわからない。

「…………」

 気がつくと、以蔵がじぃ、と龍馬を見ていた。

「な、なに」
「龍馬」
「う、うん」
「おまん、ヤキモチ焼いちょるがか」
「えっ」

 やき、もち。
 それは一体、誰に対する。
 いや、そうじゃない。

「そんな、違うよ」
「わしとお竜が活躍したのが気に食わんのじゃ」
「違うってば」

 違うよ、ちがう。
 そう繰り返すものの。
 否定より先に、「誰に」と対象を考えてしまったあたり、きっと間違ってない。
 じんわりと頬に熱が上るのを感じて、龍馬は頭に乗せていた中折れ帽をぐいと下げる。
 ふははははは、と勝ち誇ったように笑う幼馴染みが、今ばかりはちょっと憎たらしかった。
 
 ぼくのきもちもしらないで。

 

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