刻み煙草をひとつまみ。
指先で軽く丸めて、火皿に詰める。
しゅ、とマッチを擦る。
ちりと燐の燃える香りが鼻をつく。
あまり良い香りとは言えないが、以蔵はこの匂いも嫌いではない。
今から煙管を吸うのだ、という気持ちを高めてくれる。
花火の会場などで、ふと鼻先を掠める度に煙りを呑みたくのは困った条件反射だが。
煙草盆を自室近くの窓辺まで持ち出して、窓の外の雪景色を眺めながらぷぅかりと煙を吐く。
煙を口に含んで味わい、ふう、と吐く。
紙巻きの煙草の味わいも嫌いではないが、以蔵はこちらの方が性にあっている。
少し焦げた草の風味と、柔らかな煙の味わい。
紙巻きの煙草は少しばかり以蔵には濃い。
ゆったりとぼうと煙を味わうのなら、慣れ親しんだ煙管が一番だ。
マスターや、真面目なサーヴァントに見つかればお小言を喰らうこと間違いないが、以蔵にとって煙管というのはぼやりと景色を眺めながら味わうものである。
部屋の窓辺に腰掛け、雲が空を流れるのを眺めるなどして味わうのが煙管なのだ。
遠くで響く人々の声を聞くともなしに聞き、目の前の風景をただひたすらぼやりと眺めながら無心に煙りをふかす。
以蔵にとっての煙草とはそういうものだ。
窓のない部屋の中で黙々と吸うものではないし、喫煙室などという場所で人と語らいながら味わうのも何か風情が異なる。
喫煙室で吸うなら、紙巻きを嗜むサーヴァント連中から一つ二つせしめて吸う程度がちょうど良い。
口の中に溜めていた煙を、ぽっかりと吐き出す。
舌を下顎に添えるようにして、口角をわずかに持ち上げてまぁるく。
それからほう、と押し出すように呼気を零せば、狙い過たず◎の形に吐いた煙が成った。
濃く小さな◎が次第に広がって薄れて消えていく。
それを眼で追いながら、消える間際にまたヒトツ、ほうと吐く。
そんな戯れを繰り返しているところで、かつりと革靴の足音が響いた。
「そんなところで煙管なんか吸ってるとまた怒られるよ?」
「おまんがチクらにゃあえいだけじゃ」
煙管をゆらりと手の中で遊ばせつ、以蔵は背後を振り返る。
白い詰め襟をきちりと着こなした幼馴染みが、少しだけ困ったように眉尻を下げて立っている。
かつり。
距離を削られてもそれほど気持ちがささくれなかったのは、煙の味わいに心がゆるゆると痺れているかなのかもしれない。
ゆたりと妙に穏やかな心地で、以蔵はまた一つぷうかりと◎を生む。
「わあ、すごいね以蔵さん」
「別にこれぐらいなんちゃあない」
はしゃいだ声に、ふ、と口の端が笑ってしまって、そのせいで次に吐いた◎はほんの少しだけ形がいびつだった。
別段喜ばせてやろうと思ったわけでもないが、ぽ、ぽ、ぽ、と連続して以蔵はまあるく煙を吐いてやる。
そうやってきらきらとした双黒を向けられるのは悪い気がしないのだ。
たぶん、昔からの刷り込みだ。
以蔵はこの幼馴染みにおだてられるのにめっぽう弱い。
「にゃあ、以蔵さん」
「何じゃ」
「わしにもひとくち、くれとおせ」
「…………」
ちらり、と火皿を見る。
先ほどいれた煙草はもうすでにほとんど燃え尽きかけている。
煙の味も、終わりに近い焦げた風味が強い。
仕方ない。
「今詰めちゃるき、ちっくと待ちな」
「おん」
いそいそと隣にやってくる男にちらりと視線を流して以蔵は言う。
「見つかったら怒られるがぞ」
幼馴染みの男は、へにゃりと眉尻を下げて笑った。
「以蔵さんが内緒にしてちょったらえい」
先の会話の焼き直しに二人そろってふくくと喉を鳴らして笑い。
たまにはこんな、ささやかな悪事に手を染めるのも悪くはない。
